『オールド・ゲーム』
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ゲーム開発現場を舞台に熱い魂を継承する物語
[レビュアー] 米光一成(ゲーム作家/ライター/デジタルハリウッド大学客員教授)
第二十一回横溝正史ミステリ大賞受賞作、川崎草志のデビュー作『長い腕』。口コミで売れ続け、ロングセラーになっている傑作だ。
当時読んで、余韻を残すラストに衝撃を受けた。と、同時に、ゲーム開発現場のリアリティにも驚いた。これは珍しいことだった。当時、儲かってる嫌な業種のヤツといったデタラメなゲーム業界人が適当に登場する小説が多かったからだ。
著者はゲーム会社のセガ・エンタープライゼスに勤務経験があり、詳しいのは当たり前。だが、それを文章にできるかどうかはまた別問題。専門用語も多く、特殊状況も多発し、そのわりにはパソコンでキーをカタカタやってるだけだったりするので、エンタテインメントとして描くのはひどく難しい。
その難関をクリアして傑作を生み出した川崎草志の最新作は『オールド・ゲーム』。舞台は、コンピュータゲーム制作会社ネットワ・テック社。デビュー作『長い腕』と同じ舞台で、今回は、連作短編ミステリーだ。
殺人事件は起こらない。「日常の謎」と言いたいが、ゲーム開発の業務は、われわれの日常とは懸け離れている。だから、非日常業務の中で起こる謎と冒険の物語だ。
第一話「ホワイト・ナイトウォッチ」。新型家庭用ゲーム機「V2」のプロトタイプ(といっても畳一畳分ほどの大きさ)が忽然と消える事件。
第二話「バイト・バック」。『色覚の違う少数グループのプレイヤーが不利になるような状況を作ってはならない』という制作規則に違反した箇所がゲームから発見されて回収しなければならないという事態に陥るのだが、なぜこんなことになったのかを調べるうちに……。
第三話「フェロー・パイロット」。買い手がつかず一セットのみ製作された古いゲーム筐体を組み立て作動させるようにと命じられた新人と、そこに集まってきたベテランたちが見つける人と人とのつながり。
第四話「チーフ・スペシャル」。チェック用の隠しコマンドを使ってありえない得点を叩き出すプレイヤーが出現し、対応のためにプレイデータを詳細に観察するうちに見つけ出した真実。
第五話「ロスト・ウェイ」。ロケテスト(新製品を量産する前にゲームセンターに実機を置いてお客さんの反応を調べるテストのこと)をやっているゲームセンターにやってきた不審な客たちの正体を探る。
第六話「フールズ・ヘリテイジ」。プロジェクトが継続できるかどうかの厳しい審査であるアルファ審査もどうにか乗り越えて、うまくいっているはずなのに、なにか違和感のようなものが拭えずに……。
新型ゲーム機開発、新人研修、アルファ審査、ネットワークゲームの運営。ゲーム開発現場をこれほど多様な視点から捉え構築した連作短編はいままでになかった。そして、それぞれの作品の背後に流れるテーマは「継承」だ。
どうしてゲーム業界に入ったのか聞かれた澤木は、こう答える。
「俺か?……そうだな。子供の頃からゲームが好きだったからかな。でも、住んでいたのは田舎だったから、テレビゲーム機を売る店なんかは近所にはなかったよ。それで、自転車で片道二時間もかけて町のデパートに行き、発売された新製品を眺めていた」
彼が眺めていた新製品はバンダイのテレビジャック。発売は一九七七年だ。そこから四十年近く経とうとしている。
「あなたが作ったゲームが大好きでゲーム業界に入りました」と言われることも増えてきた。年を取った。ゲーム業界も年を取ったのだ。机の下にもぐり込んで寝て泊まり込みで仕事をするといったスタイルも通しにくくなってきた。作り出した作品に対する責任も大きくなった。制作環境も変わってきた。そのなかで変わらないものがあり、それを受け継いでいく現場がある。規約といった形では明文化できないが、こういった物語を使って、それを手渡すことができる。ぜひ読んで受け取ってほしい。