『フンボルトの冒険』 アンドレア・ウルフ著

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フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明

『フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明』

出版社
NHK出版
ISBN
9784140817124
発売日
2017/01/25
価格
3,132円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『フンボルトの冒険』 アンドレア・ウルフ著

[レビュアー] 塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

自然観広めた足跡追う

 フンボルトペンギンに、フンボルト海流。地球上のありとあらゆるジャンルに、果ては月面のフンボルト海にまでその名を残す博物学者・フンボルト(1769―1859年)。

 本書はそのフンボルトの生い立ちからはじまり、南米やロシアなどの一連の調査、そして彼がその著作群により世に伝えようとした「自然」の観念の成長を追う。やがて本書は、フンボルトの自然観を受け継いだ者たちにも語りを広げていく。その範囲は、ダーウィンやヘッケルのような生物学者ばかりではない。南米の革命を指揮したボリバル、また今日ネイチャーライティングの始祖とされるソローにも及ぶ。

 文体は淡々としていて、初めあまりに素っ気ないとも感じるほどだ。しかし膨大な量のフンボルトの足跡を前に、やがて読者は、筆者の言う「フンボルトを発見しようとする試み」が成功していくのを実感する。互いに連関した存在としての生態系、人間活動による自然破壊と環境変動。今日の私たちにとって当たり前の、常識とも言えるこれらの自然観は、フンボルトが世に広めたものだった。実は、無意識のうちに私たちも遠くその衣鉢を継いでいるのである。

 個人的には、フンボルトの著作に触発され、期待を胸にビーグル号に乗り組む若きダーウィン、そして同じくフンボルトの自然観に即して生態学という言葉を造語するヘッケルの描写に、特に新鮮なものを感じた。著者は本書を書くにあたり、関連書物はもとより、数千という膨大な数のフンボルトの手紙をも読み込んだという。この新鮮さは、著者自らが彼らと同時代に生きているかのような臨場感を持っていたからこその効果だろう。

 なお原題は本書内容に即したThe Invention of nature。この手の訳書はたいがい営業向けの邦題になってしまうが、かえって本来の読者層を逃していないか心配だ。鍛原多恵子訳。

 ◇Andrea Wulf=インド生まれ、ロンドン在住。作家、歴史家。『金星を追いかけて』など。

 NHK出版 2900円

読売新聞
2017年3月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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