『書簡の時代 ロラン・バルト晩年の肖像』 アントワーヌ・コンパニョン著

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書簡の時代――ロラン・バルト晩年の肖像

『書簡の時代――ロラン・バルト晩年の肖像』

著者
アントワーヌ・コンパニョン [著]/中地義和 [訳]
出版社
みすず書房
ISBN
9784622085638
発売日
2016/12/10
価格
4,104円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『書簡の時代 ロラン・バルト晩年の肖像』 アントワーヌ・コンパニョン著

[レビュアー] 旦敬介(作家・翻訳家・明治大教授)

生身の人間として語る

 一九七〇年代のフランスの文学批評界のスターだったロラン・バルトは一昨年が生誕百年だったため、世界各地で行事や出版が相次いだ。その中で、バルトの最後の五年ほどを、愛(まな)弟子として、というよりもむしろ三十歳以上年下のボーイフレンドとして、もっとも近いところで過ごした著者のもとには、当時もらった手紙を国立図書館に寄贈して公開してくれないか、との依頼が来る。今では文学研究者として名をなして当時のバルトと同じ地位についている著者は、ためらいながらも手紙を探し出して記憶の旅に出た。そして書きあげたのが実に人間味のあるこの文学的メモワールである。

 あのころ文学を学んでいた学生の例にもれず、僕もバルトの主著とされていたものと格闘したが、あんまりピンと来ないので自分の知性に自信をなくして敬遠することになったくちだ。それから三十年以上がたち、バルトの評価はだいぶ変わったようだ。かつては記号学や「構造主義」批評の理論家と見なされていたわけだが、今ではむしろ、パーソナルな文学体験を語る作家の側面が重視される。日本でも、石川美子氏による魅力的な評伝も出たし、著作の翻訳も飛躍的によくなって、バルトは明らかに読みやすくなっている。あのころ敬遠するようになった人にこそ、バルト再読のきっかけとしてこの本を薦めたい。

 飢えたようにがつがつと短時間で食事を終えてしまうバルト、どれほど世間的な評価が高まっても次の著作になればその内容に自信が持てずに泣き言をもらすバルト、交通事故後の入院先で、もっと生きたくて涙を流すバルト。これまで知らなかった生身の人間としての姿が見えてきて、著作の意味も変わってくる。同時代の評判から自由になった今こそ、彼の作品は面白く読まれうるのではないのか、と著者は言う。そして、どの著作から手をつければいいのかも、この本は実にパーソナルな立場から教えてくれる。中地義和訳。

 ◇Antoine Compagnon=1950年ベルギー生まれ。コレージュ・ド・フランス教授。専門は文学史、文学理論。

 みすず書房 3800円

読売新聞
2017年3月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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