『毒々生物の奇妙な進化』
- 著者
- クリスティー・ウィルコックス [著]/垂水 雄二 [訳]
- 出版社
- 文藝春秋
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784163906010
- 発売日
- 2017/02/16
- 価格
- 1,760円(税込)
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“悪魔の生物兵器”が見せる深遠な生物進化史
[レビュアー] 成毛眞(書評サイト〈HONZ〉代表)
マレーシアで金正男が暗殺された。VXという毒物が使われたと報じられている。この物質は人類がつくりだした化合物でもっとも毒性が高いと言われている。
その半数致死量は体重1キログラムあたり0・02ミリグラム。つまり1000分の2グラムもあれば、ひと一人を殺すことができる恐怖の化学兵器である。しかし、その1万倍も強力な毒物がある。
その毒とはボツリヌストキシンやテトロドトキシンなど、生物がつくりだす毒だという。ボツリヌストキシンは100億分の6グラムもあれば人間をひとり殺すことができる悪魔の生物兵器だ。
本書はその毒をつくりだす生物を専門に研究している女性研究者による科学読み物だ。
たとえば、地球上でもっとも痛い毒を持つ生物はアマゾンに棲むサシハリアリだという。何人もの研究者が自分に刺してみて、その恐怖を語っている。あまりの痛みに、斧があれば自分の手を切り落としたくなるほどだそうだ。しかし、命には別状ないのだという。この毒は相手を攻撃するためではなく、自分を防御するためのものだからだ。
スキューバダイビングの講習では小さくて可愛らしいヒョウモンダコは特に危険な有毒生物だと教えられる。手に触れると数分で死ぬことになるからだ。かれらはテトロドトキシンを持つのだ。フグもこの毒を持っている。では、なぜ彼らは死なず、人間には猛毒なのだろうか。本書では神経と細胞のメカニズムからそれを丁寧に解説する。
他にも、人間には無害だがゴキブリをマインドコントロールするという奇妙な毒や、刺されると傷口だけでなく粘膜からも出血が止まらなくなり死に至ることもある毒など、生物進化の深遠さを毒から垣間見ることができる良書だ。
ともあれ、生物化学兵器を利用して兄弟殺しをする人間こそ最悪の毒々生物であることは間違いない。