【文庫双六】喜美子といえばあの人がいた!――梯久美子

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【文庫双六】喜美子といえばあの人がいた!――梯久美子

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 喜美子という名をもつ女性の書き手といえば、ミステリー好きなら小泉喜美子を思い出すだろう。1963年のデビュー作『弁護側の証人』は刊行から半世紀を経て、いまも文庫で入手可能である。

 小金井喜美子と同様、小泉喜美子も翻訳家として活躍した。自身の著作と同じく、ミステリーの分野で多くの作品を手がけている。私は現代アメリカを代表するクライムノベル作家であるジェイムズ・エルロイのファンだが、最初に日本で刊行されたエルロイの作品『秘密捜査』を訳したのが小泉喜美子だった。

『秘密捜査』の主人公フレディはロス市警の警官。知り合いの女が殺され、犯人と思われる男を拷問の末に自白させるが、のちに無実と判明する。その4年後、思わぬ真相が明らかになって……という話である。

 惨殺される女性がエルロイの初期作品にはくりかえし登場するが、彼の読者なら知っている通り、これは10歳のときロスアンゼルス郊外で母親が何者かに殺されたという実体験(犯人は捕まっていない)が影響しているとされる。

 日本での刊行は84年。私が初めての海外旅行でアメリカ西海岸に行った年で、この本を読んだのはその翌年くらいだったと思う。旅行者として見た陽光あふれるロスアンゼルスのイメージとは正反対の、暗く背徳的な街の描写に目を見張り、警官たちのダークな魅力にひきこまれた。そこからエルロイの読者になり、やがて傑作『ブラック・ダリア』『LAコンフィデンシャル』などと出会うことになる(『LA〜』は映画化されてヒットしたが、当時映画のコピーを書いていた私は、そのパンフレットの文章を担当した。張り切って書いたのを覚えている)。

 小泉喜美子は85年に51歳で亡くなっているが、ジェイムズ・クラムリーやP・D・ジェイムズの日本初刊作品の翻訳を手がけたのも彼女だった。日本のミステリー界にずいぶん貢献した人なのである。

新潮社 週刊新潮
2017年3月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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