微生物なしでは人も植物も生きられない

レビュー

4
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土と内臓

『土と内臓』

著者
デイビッド・モントゴメリー [著]/アン・ビクレー [著]/片岡夏実 [訳]
出版社
築地書館
ISBN
9784806715245
発売日
2016/11/12
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

微生物なしでは人も植物も生きられない

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

 物語は著者夫婦が米シアトル北部に買った家に引っ越したところから始まる。本格的な庭づくりをしたいという妻・アンの夢は、庭にシャベルを入れた瞬間に打ち砕かれた。一五センチも掘らないうちに石と粘土だらけの固い氷礫土にぶち当たる。それは“死んだ土”の庭だったのだ。圧倒的に有機物が不足していた。

 生物学者でもあるアンは、木材チップや落ち葉、スターバックスのコーヒーかす、動物園で出た糞尿ごみを山のように集めて、それら有機物を次々と庭に投入した。死んだ土は見る見るうちに命を吹き返し始め、一年後には大量のミミズが現れ、三年後には近所の人も驚くほど豊かで病気ひとつしない植物が茂り、五年後には庭は完全に蘇っていた。

 いったい土壌中で何が起きていたのか。小さすぎて見えない“自然の隠れた半分”に棲む微生物たちが、大量に与えられた有機物を餌にして、その生態系を回復していたのだ。庭の植物たちは微生物たちが活発に排出した栄養素を十分に受け取り、健康を取り戻したのだ。

 念願だった庭づくりを、微生物を育てることで成し遂げたアンに不幸が襲った。がんが発見されたのだ。手術後の、がん再発を避けるためには免疫力を高める必要がある。アンは徹底的な食生活の改善を実行した。それはかつてアンが庭を再生したのと同じ手法、大腸に棲む数兆もの微生物に栄養を与えることだった。

 最近になって、人間の体に棲む微生物群(マイクロバイオーム)の重要性が認識され始めているが、彼らの役割は多彩だ。人間に必要な栄養素を作り出すのはもちろん、人間の免疫をコントロールして病気を防いでもいる。免疫とは体内の微生物を殺すシステムではなく、微生物によって人間の免疫系は保たれていることを本書は教えてくれる。健康な提供者から採取した便を移植する「糞便移植」やダイエット効果など、微生物に関する最新の研究にも多く言及しているので、微生物学の入門書としても最適だろう。

 現代人の最大の誤解は、微生物はすべて悪玉だと思っていることだ。だから、抗生物質や化学肥料を乱用して、微生物の抹殺に躍起になる。だが、多くの微生物は悪玉ではない。腸内の有用な微生物まで滅ぼしてしまった結果、アレルギーや過敏性腸症候群などの自己免疫疾患や肥満、糖尿病、うつ、婦人病までが引き起こされる可能性も本書は指摘する。それは植物においても同じで、除草剤や農薬、化学肥料によって土壌の微生物を失った結果、野菜などに含まれる栄養素は数十年前と比べて激減しているという。

“自然の隠れた半分”を毛嫌いしてばかりの「抗菌天国・日本」の将来が明るいものではないことがよくわかる現代人必読の書だ。

新潮社 新潮45
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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