麻布、青山、銀座…スパイたちの数奇な運命

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東京を愛したスパイたち 〔1907-1985〕

『東京を愛したスパイたち 〔1907-1985〕』

著者
アレクサンドル・クラーノフ [著]/村野克明 [訳]
出版社
藤原書店
ISBN
9784865781038
発売日
2016/12/22
価格
3,960円(税込)

麻布、青山、銀座…スパイたちの数奇な運命

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 本書は「奇妙でわかりにくく、外国人に対してその魅力と秘密を決してすぐには明かさない、だが、美しくも神秘的で、驚くべき都市」東京で、一九〇七年から一九八五年にかけて暗躍したロシア・スパイたちの伝記と、彼らが残した痕跡を辿る著者の探索記とで構成されている。著者はモスクワ州生まれの日本学者、作家、ジャーナリストで、日本留学も経験している。八年に亘り諜報団を率い、ドイツのソ連侵攻、日本軍の南進などの極秘情報を得ていたリヒャルト・ゾルゲは日本でもよく知られているが、ワシーリー・オシェプコフやロマン・キムといった人物はあまり知られていないのではないか。

 オシェプコフはサハリンで生まれ、幼年時代に孤児になり、十四歳で単身日本へ送り込まれた。ニコライ大主教によって駿河台に創立された東京正教神学校で日本語を学ぶためである。彼は日本語と同時に、講道館柔道を習い、一九一三年、ロシア人として初めて初段を得た。故郷に戻った彼は再度来日、「ソビエト軍事諜報機関史上初の『東京在住の非合法駐在員』」となった。彼の報告書によれば、一九三二年のロサンゼルスオリンピックの馬術で金メダルを獲った西竹一男爵や、伊達宗光男爵といった上流階級との交友関係があったという。帰国したオシェプコフは、柔道の普及に努め、戦後、「サンボ」と呼ばれることになる格闘技を創始した。

 ロマン・キムはペンネームで、今なお刊行が続く多くの国際探偵小説を残している。本名はキン・キリューといい、ロシア人、朝鮮人、日本人としての名前を持っていた。母は、日本に暗殺された閔妃(朝鮮君主、高宗の妻)の近親者だった。日本人への血の復讐と朝鮮解放事業への忠誠心を抱く父は、彼を、慶應義塾幼稚舎に入学させる。この父は、伊藤博文を射殺した安重根をハルビンに送り込んだ陰謀グループに属していたという説がある。志賀直哉の弟、志賀直三が少年キムの回想を残しているというのも意外だ。キムはウラジオストクで諜報員となり、モスクワへ移ってからは、日本学者として活躍、対日防諜部門の責任者にもなっている。スパイ行為を疑われ投獄された際には、自分は朝鮮人を詐称しているが、実は旧日本大使の私生児だという、驚くべき虚構の「自供」をしている。戦後、キムは続々と国際探偵小説を発表し、一躍、人気作家になった。

 ロシア・スパイたちの数奇な運命を辿る著者は、古い地図を手に麻布、青山、銀座、日比谷などを訪ね歩く。帝国ホテルの地下バー、銀座のビアホール、満鉄ビルのレストラン……。諜報員にも匹敵する情熱で著者が描く「スパイたちの東京トポグラフィ(地誌)」は、懐かしくも怪しい魅力を放っている。

新潮社 新潮45
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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