台湾で命日が「正義と勇気の日」に制定されたある日本人の物語

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

汝、ふたつの故国に殉ず ―台湾で「英雄」となったある日本人の物語―

『汝、ふたつの故国に殉ず ―台湾で「英雄」となったある日本人の物語―』

著者
門田 隆将 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041035382
発売日
2016/12/10
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

台湾が受け継いだ大和魂 湯徳章

[レビュアー] 福島香織(ジャーナリスト)

 台湾人に親日家が多いことを多くの日本人は知っているが、その本当の理由を深く理解している日本人はさほど多くない。下関条約に基づいて台湾が清朝から日本に割譲されたこと、第二次大戦敗北でその領有権を放棄したこと、その後に台湾にやってきた南京国民政府による圧政や一九四七年の二二八事件という白色テロ、国共内戦で敗走してきた蒋介石の独裁政治、一九八七年まで続いた戒厳令、といった歴史事実の羅列を知っていたとしても、そこに生じた台湾人の日本人や日本に対するもろもろの情念を想像することはむずかしい。その複雑で熱い思いは、日本人にとって一つの謎、日台の歴史に潜む謎である。

 本書は、その謎に対する一つの答えを、湯徳章という人物の物語を通じて出している。日本名・坂井徳章、日本人の父と台湾人の母の間に生まれ、日本人として台湾人として台湾人の人権のために戦った弁護士。二二八事件で反乱罪を負わされ、激しい拷問を受けながらも誰の名前を漏らすことなく処刑された、正義と勇気を体現する台南の英雄。

 ここで二二八事件の概要を説明するために紙幅はとらない。これは日本人の教養として当然知っておくべき歴史的事件だ。

 それでも湯徳章と聞いて、すぐにわかる人はかなりの台湾通だろう。二二八事件で犠牲になった知的エリートは数多くいる。台北の二二八国家記念館には、彼らの簡単な生い立ちが顕彰されている。ではベテランノンフィクション作家がなぜ湯徳章をクローズアップしたのだろうか。

 台湾の初の女性総統に蔡英文が選ばれた選挙投票日の台北で私は門田隆将さんと会って、その理由を察している。投票日の昼、台北に来ていた日本人保守論客が集ったのだが、その酒席で門田さんは熱く語った。「湯徳章の本を書いているんです。……彼はね、処刑される瞬間、かっと目を見開き、台湾の人たちに向かって、台湾語で『私には大和魂の血が流れている!』と叫んだんですよ! 大和魂ですよ! そして最後に日本語で『台湾人、バンザーイ!』と叫びました。なぜ最後の言葉が日本語だったのか」

 本書でもクライマックスに当たるシーンだ。門田さんはまるで湯徳章がのり移ったかのような形相で「私には大和魂の血が流れているっ」と繰り返した。私の頭の中でも、映画のように鮮やかに、湯徳章の鮮烈な最期の姿が再生された。悲愴な表情で息をのんで湯徳章の処刑を見守る台南の群衆がどんな気持ちになったのか。拷問を受けてぼろぼろになりながらも、目隠しを毅然と拒否して、最後まで同胞を見据えて、日本語で「台湾人、万歳」と叫んだ真意はどこにあったのか。

 それは自明の理のようでもあり、深い謎でもあるようで、想像するだけで答えを見つける前に熱いものが胸にこみ上げる。

 おそらく、このエピソードを知った瞬間、門田さんは、湯徳章を書こう、と思ったのだ。このクライマックスシーンにたどり着くまでの湯徳章の人生をたどる作業こそ、日台の絆の謎、台湾の人たちの日本への思いの謎を解くのに必要なのだ。

 門田作品は日本人本来の高潔さと勇敢さ、つまり大和魂を持つ知られざる人物を主人公として発掘してきた。テーマに台湾ものが多いのは偶然ではなく、今日の日本人が忘れかけている大和魂こそ日台の絆の強さの根底にあるからだ。それは、ひょっとすると二〇一四年春、中国共産党からの経済併呑の危機に抵抗する「ひまわり学生運動」に立ち上がった若者の「公のための自己犠牲」に通じるものかもしれない。

 本書は小説のような叙述の向こうに足で稼ぐ調査スタイルが透けてみえ、湯徳章に迫りゆく作家の情熱も体感できる。異例の日台同時出版により、蔡英文政権下で台湾アイデンティティを追求する若者と、日本のこれからを考える若者が同時に手に取ることができるのは意義深い。

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク