『ルポ 希望の人びと』 生井久美子著

レビュー

9
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ルポ 希望の人びと

『ルポ 希望の人びと』

著者
生井久美子 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784022630551
発売日
2017/02/10
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ルポ 希望の人びと』 生井久美子著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

認知症「自己発見の旅」

 有吉佐和子の衝撃の小説『恍惚(こうこつ)の人』が出版されてから45年。名称が「痴呆(ちほう)」から「認知症」になって10年余。いまや認知症は予備軍も含めて800万人を超えている。

 認知症になったら何もわからなくなる。人生はおしまいになる。その「偏見」を打ち破ろうと、本人たちが発信を始めた。その歩みを20年以上にわたって取材してきた著者の視点は、家族や医療・介護する側ではなく、本人の視点に立てば何が見えてくるかだった。

 「認知症になることは自己崩壊だと恐れたが、自己発見の旅だった。……地位や名誉、野心、いろんなものがそぎ落とされ、本来の自分になってゆく旅路なのだ」

 「人生は終わりではない。失った機能を嘆くのではなく、残された機能に感謝して最大限に生かそう」

 「これから多くの人の顔を忘れてしまうかもしれない。でもみんなが自分のことを忘れないでいてくれる。だから忘れたっていいじゃない」

 本人たちの言葉から見えてくるのは「希望」だった。とはいえ、そう思える意志の強い人は多くはない。どうすればいいのか。豪州やカナダまで足を運ぶ著者にとってそれを探す旅でもあった。部屋に花を絶やさない。笑う。歩く。「信頼できる依存先」を多く持つ。

 何よりも大切なのは「当事者の発信が社会を変える」という本人の発信の力だという。この書でもっとも感銘を受けたのは、著者の辛(つら)い立場の人たちへの限りない優しさである。この「希望の書」には、哲学的とも思える表現が随所にある。

 「人は死に向かって生きている。出会いがあれば別れがある。そして死の前に認知症もある。しょうがない、避けがたいことがおきるのが人の定めだ。認知症の苦悩は、生きていればぶつかることの一つなのだ。当事者の発信する姿に胸打たれ追い続けるのは、それが認知症を越えて、人としてどう生きるか、本質的な問いかけや言葉だからだ」

 ◇いくい・くみこ=京都市生まれ。朝日新聞記者。著書に『人間らしい死をもとめて』『ゆびさきの宇宙』など。

 朝日選書 1500円

読売新聞
2017年3月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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