住野よる×彩瀬まる・対談 私たちの「書く仕事」〈『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念〉

対談・鼎談

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か「」く「」し「」ご「」と「

『か「」く「」し「」ご「」と「』

著者
住野 よる [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103508311
発売日
2017/03/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念対談〉住野よる×彩瀬まる/私たちの「書く仕事」

■読者にいかに届けるか

住野よるさんの“本体”
住野よるさんの“本体”

住野 「わかりやすさ」という点では、デビュー担当さんの影響も大きいと思います。僕のデビュー担当さんは普段、漫画とラノベの担当をしている方で、いわゆる文芸の単行本は僕しか担当していないんです。だからエンタメに対するハードルが高くて、読みやすさとか、いかに人に届けるかという部分は、すごく言われます。原稿をお渡ししたときに、「ここがわかりにくい」とか。

彩瀬 この部分の感情がうまく伝わらない、みたいなご指摘ですか?

住野 どちらかというと全体の指摘ですね。例えば『よるのばけもの』は当初、明かさないで終わる部分がもっと多かったんです。そうしたら「住野さんに今ついてくれている、初めて自分で本を買ったと言ってくれているような読者さんたちに、これではたぶん伝わらない」と言われて、直しました。そういう読者の方にいかに届けるかを、もっと考えたほうがいいんじゃないかって。

彩瀬 『よるのばけもの』の情報の開示の仕方はすごく適切なように感じたんですけど、もっと伏された状態だと、たしかに今までの作品との段差を感じるかもしれないですね。

 最初の二作と『よるのばけもの』には、相当な違いがありますよね。前二作は物語の型に沿って書かれている感じがしたんですが、『よるのばけもの』では住野さんが随分、自由になったなと感じました。それはすごく素敵なことで、私は、あのお話が一番心地よく読めました。ただ、率直に言って、私がそう思うということは、普段本を読まない人にとっては読みにくいお話だろうとも思ったんです。私はすごく好きだけど、前二作で初めて読書を楽しんだ人にはもしかしたらちょっと大変かも、と。その点、今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』は、初めの二作と『よるのばけもの』の、うまく中間地点にある感じがよかったです。住野さんご自身は、どういう作品を書いているのが楽しいですか?

住野 変な人を書いてるのが一番楽しいです。『また、同じ夢を見ていた』の主人公の奈ノ花とか、『よるのばけもの』の矢野さんとか。自分自身が変な人になりたかったからかもしれません。実際はただの凡人なんですけど、芸人さんとかバンドマンのような、特異な人たちに前からすごく憧れていて、何ていうか、僕が思い描く「物語性のある人物」の基準がたぶんそこに置かれちゃったんですね。

彩瀬 住野さんの作品を読むと、世の中には変わった形の内面を持っている人がおそらくたくさんいるのに、私はきちんと認識して書けていないなと反省します。だって、よく考えてみれば私の物語の登場人物以上に変な編集さんはいっぱいいますもん。

住野 僕はデビューして二年経ってないですけど、本当にそうですね(笑)。

彩瀬 作家さんにも変な人はいっぱいいるし、私自身もたぶん自分で思ってる以上に傍から見ると変な人なんだろうなって思うし、住野さんも結構変な人だと思いますよ。だから、変な人を描くっていうことは、個人をちゃんと描いてるということだと思います。それは素晴らしいことだと思うし、羨ましいです。

住野 嬉しいです、ありがとうございます。

彩瀬 変な人を書くのがお好きということは、今作だと、パラちゃんとかを書いているのが一番楽しいですか? パラちゃん、かわいかった!

住野 はい、そうなんです。ただ、パラの視点で書くのは、僕にとって初の挑戦でした。デビュー前から、「変な人を見る普通の人」というのはよく書いてきたんですが……例えば『膵臓』の、桜良を見ている主人公とか。

彩瀬 桜良ちゃんも、変な人カテゴリーに入るんですね。

住野 僕の中ではそうです。変な人を見ている側の話って、ある意味すごく楽で、相手に奇抜な行動さえ取らせておけばいい。でも今回、いざ変な人が何を考えて変な行動を取っているのかを書こうとすると、めちゃくちゃ悩みました。

彩瀬 でも、私はパラちゃんの章が読んでいて一番グッと来ましたよ。パーソナリティというか、個々人の見ている世界がこれだけ違うということが作品の一つのテーマだと思うんですけど、だからこそ持っていけた視点人物だなと思います。

住野 ありがとうございます。良かったです、書いて。パラは五人の中で一番、自分のことを特別だと思っているんです。

彩瀬 みんなそれぞれ、他の人にはない能力が自分だけにあると思っているけれど、なぜ五人にそんな能力があるのか、住野さんは全く説明されないですよね。だから、物語に入ってすぐは、特別な能力を持つ、特異な状況の人たちのお話として読み始めるんですけど、終わってみると、まったく特異なことではないとわかります。『よるのばけもの』で主人公の男の子がばけものになっちゃうのも、『か「」く「」し「」ご「」と「』の彼らが他人には見えないものを見ているのも、わざとわかりやすく可視化した設定になってはいるけれど、それを希釈したかたちで、私たちの日常レベルで日々起こっていることを書かれている。それがすごいなと思います。

住野 そう言っていただけて、すごく嬉しいです。ばけものを抱えているのは彼だけではないし、今回の五人の能力も、僕たちが相手の表情を見て心を予想しているのと、同じくらいのレベルのもの。読んだ方にそう思っていただけたら、いいなと思います。

新潮社 波
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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