住野よる×彩瀬まる・対談 私たちの「書く仕事」〈『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念〉

対談・鼎談

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か「」く「」し「」ご「」と「

『か「」く「」し「」ご「」と「』

著者
住野 よる [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103508311
発売日
2017/03/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念対談〉住野よる×彩瀬まる/私たちの「書く仕事」

■「持っている人」の苦しみと美しさ

住野 彩瀬さんの小説でもうひとつすごく好きなのが、何かを「持っている人」の苦しみも書かれることです。悲しみとか焦燥とかを書こうとしたら、持っていない人の話をしたほうが絶対に楽だと思うんですよね。でも、持っていることで苦しんでる人もいっぱいいると思うんです。『やがて~』では、親友はもう命を持っていないのに、自分はまだ持っているという苦しみがある。それは、ともすれば「お前は恵まれているじゃないか」と言われてしまいそうなことで、でも、そこもちゃんと悩んでいいんだ、と言ってくださる作品が多いですよね。

彩瀬 すごく大事なところに突っ込んでいただいた気がします。実はここ数年、持っている苦しみについて考えることが多いんです。「ノブレス・オブリージュ」、持てる者はその分、社会還元の義務を果たすべきという概念がありますが、それが日本ではあまり根付いていないから、苦しみが生じるんだろうと思うんです。そうすると、なんで自分だけ持っているのかと考えてしまって、不当にそれを持っている気分になるじゃないですか。

住野 すごくわかります。

彩瀬 ありますよね、そういうの。運だったり才能だったり、いろいろあると思いますが、それがなぜその人に差配されたかっていうのは個人のわかることではないですから。

 ただ、持っている人は苦しみも負うけれど、やれることも多いと思うんです。いまパッと思い出したんですけど、学生時代、クラスに、周囲に馴染めない女の子がいたんです。会話のキャッチボールがうまくできない子で、みんな積極的に関係を持とうとはしなかった。で、ある時期、男子が調子に乗ってその子をいじっていたんです。そしたら、私の友人で、わりと顔も良くて、クラス内ヒエラルキーも高くて、男子とも女子ともうまくやっている子が、仲裁に入ったんですよ。「この子は責務を果たしているんだ」と感動しました。ヒエラルキーの下の方の子や転校生だった私なんかは男子に介入する勇気が持てなかったけれど、その子はクラスの中で、もっとも摩擦が少ない形でそれを果たせるのは自分だとわかっていたんだと思います。

住野 なるほど。すごくいいお話ですね。

彩瀬 それが持っている人のすごいところだし、苦しいところでもある。彼女だって怖いと思うんですよ、男子に介入するのは。何かを持っていると、持っていないのとはまた別の種類の苦しみがある。でも、その人が責務を果たすことで生まれる美しさもあると思います。

住野 わかると言うとおこがましいですけど、僕は『また、同じ夢を見ていた』を書いたとき、主人公の奈ノ花を、持つ苦しみを持った子にしたいと思ったんです。奈ノ花は美人だし、お金持ちの子だし、頭もいいし、だから嫌われてるんですよね。それをすごく書きたいなと思って。だから、そういうことを言ってくださる作家さんがおられることに、今すごく安心しました。

 あと個人的にすごく好きなのが、『神様のケーキを頬ばるまで』の「泥雪」の最後の方に出てきた、「私はこの絵を愛してたんじゃなくて、この絵に対する自分の解釈を愛していた」という一文です。それを読んだとき、心の中で引っかかっていたけれど何と言っていいかわからなかったものを、綺麗に言葉にしてくださった、と思いました。例えば好きなバンドとか好きな作家さんが「自分の最高傑作だ」と言った作品がそれまでと全然違ったときに、僕も含めファンは、なんか違う、と思っちゃうこともあると思うんですよ。でもそれは、自分の解釈を愛していただけなんだな、と。

彩瀬 寂しくなりますよね。

住野 そうなんです。でも、あの一文を読んだ後、やっぱりその人が違うものを作った意味をちゃんと考えようと思うようになったんです。自分の中に持っている像と照らしあわせてどうとかじゃなくて、その物単体で見なきゃいけないし、それがどういう意味なのか、より深層まで潜れたらいいなと思うようになりました。あのお話を読んだときに、小説ってすごいなと思ったんです。

彩瀬 ありがとうございます。でも、その一文だけでそこまでの発想が出てくるのは、住野さんの、自分の解釈を越えて他者を理解したいという、すごく健やかな思いに端を発していると思います。「人によって解釈はいろいろだよね」というところに落ち着くのが普通だと思いますから。

 そういう普段はあまり透明度を高くして考えられないことを、住野さんがしっかりクリアーにして、一生懸命噛み砕いて小説を書いてくださるんだろうなと思うから、これからも楽しみにしています。

住野 ありがとうございます。頑張ります!

新潮社 波
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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