『人間じゃない 綾辻行人未収録作品集』
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あの作家の稀なる作品集は世界への不信感をつきつける
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
世界の確からしさを信用しない人間は、ぜひ読むべき作品集である。
今年デビュー三十周年を迎える綾辻行人は長篇型作家で、短篇の創作数が非常に少ない。ごく僅かに残されていた単行本未収録作品を集めて編まれたのが新刊『人間じゃない』である。巻頭の「赤いマント」は、子供たちを脅かす都市伝説と不可能趣味のトリックとを融合させた内容で、〈館〉シリーズの第四長篇である『人形館の殺人』の後日譚としても読める内容になっている。続く「崩壊の前日」が幻想小説集『眼球綺譚』に収録された「バースデー・プレゼント」の姉妹篇、「蒼白い女」は作家の分身を狂言回しとして用いた『深泥丘(みどろがおか)奇談』の番外篇というように、収録作は過去の綾辻作品のどれかに必ず接続する。作家のファンならばより楽しめるはずだ。
表題作はホラーと謎解きの境界にまたがるようにして書かれた連作『フリークス』の系統に入る一篇である。扉や窓が内部から施錠された密室の中で、各部が過剰に破壊された死体が発見されるのである。
綾辻行人は、ミステリー・ジャンルに存在の不安という要素を持ち込んだ作家だ。彼の作品において読者は、不可思議な状況を客観的に楽しんでいるうちに、その中に違和感を覚えざるをえない不調和があることに気づかされる。事態を観察して記述する語り手は、多くの場合何らかの問題を抱えているからだ。それゆえに、綾辻の綴る世界はいびつで、ひどく信用ならないデザインをされたものになる。世界に対する不信感を、謎解きという形でつきつけてくる作家なのだ。中篇「人間じゃない」からは、そうした危うい世界認識を如実に読み取ることができる。
収録作のうち「洗礼」には最近新装改訂版が刊行された『どんどん橋、落ちた』と同じ設定が用いられている。謎解きに情熱を傾けた若き日々への憧憬を描いた小説ということもでき、この一篇に作家・綾辻の素の呟きが漏れ出している。