『家族最後の日』 騒いでも泣いてもやってくるその日のために

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家族最後の日

『家族最後の日』

著者
植本 一子 [著]
出版社
太田出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784778315559
発売日
2017/01/31
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

騒いでも泣いてもやってくるその日のために

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 ノンフィクションでこのタイトルだとかなり身構える。一度は家族だったものが崩壊するのは(そんなおおげさなことではなくて、ドライなお別れであっても)ただごとではない。そう思って読み始めたが、この「最後の日」は、具体的なひとつの事件ではないのだった。

 著者は写真家。結婚していて、二人の娘はまだ小さい。実家の母と折り合いが悪く、顔を合わせれば言い争いになり、娘たちにもよくない影響が及ぶ。なにより自分自身が母との関係に振り回されすぎてつらい。だから、母とはもう絶縁しようと決める(実際に宣言したわけではなく、心のなかの決意だ)。これが第一の話題。第二の話題は、夫(ラッパーのECD)の、年の離れた弟の自殺。それも、腹を切ってからの飛び降りという、胸のうちの激情を思わせる死に方だ。家族は、心の準備もなにもないところで、自殺の後始末に追われる。そして第三の話題は、突如発見された夫の進行癌。大腸癌は手術で対処できそうだが、食道にも見つかった癌は癒着があって摘出不可能。これらと戦っていく未来を、家族は急に引き受けさせられる。

 これほどの大事件が立て続けに起きた。その重なりが「家族は永遠ではない、いろいろな面で自立しなければ」と著者に思わせる。その描き方が奇妙に静かで、かえってリアリティーが胸にずしんときた。家族最後の日とは、日々のごたごたに巻き込まれて道を見失いそうになるとき、方角を確認するための、遠い悲しい目印だ。配偶者の重病などがなければなかなか気づけないが、もともとわれわれはひとり残らず、家族最後の日に向かって歩いているのである。

 そう思うと、この本の静かさも納得できる。騒いでも泣いても、いつか家族は終わってしまうのだから。それを空漠とした終わりにしないために、著者も、われわれも、日々を生きている。

新潮社 週刊新潮
2017年3月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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