現代に蘇った「もののあはれ」/『R.S.ヴィラセニョール』乙川優三郎

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

R.S.ヴィラセニョール

『R.S.ヴィラセニョール』

著者
乙川 優三郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104393077
発売日
2017/03/30
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

現代に蘇った「もののあはれ」/『R.S.ヴィラセニョール』乙川優三郎

[レビュアー] 島内景二(国文学者)

 人間は誰しも、ままならぬ人生に耐えている。自分さえ我慢すれば、偽りの安寧が得られるからだ。戦後日本の偽りの平和が、永く保たれたのと同じ理屈である。忍従が、近代日本という国家に生まれた者の宿命だった。近代小説は、飽きもせず、そのことを描いてきた。だが、解決につながる行動、すなわち安寧の破壊は、読者に丸投げされていた。

 乙川優三郎は、完成度と芸術性の高い時代小説を書き、多くの読者を魅了してきた。その名声を自ら打ち破り、ここ数年、現代小説に取り組んでいる。彼の場合、破壊は読者の課題ではなく、作者と作品の内部の問題へと転化している。

 いかに美しく破壊し、その後に、どういう文化を創造するか。乙川の勇気は、日本の近代小説の概念を吹き飛ばした。その激しさは、尾形光琳の『風神雷神図屏風』を連想させる。風神と雷神は、「真に美しい日本文化」を守るために凄まじい力を解き放つ。守られる優美な文化とは、酒井抱一の『夏秋草図屏風』にある自然である。破壊と優雅。この対照的な二つの屏風は、もともと裏と表に張り合わされていた。

 新作『R.S.ヴィラセニョール』は現代小説だが、短編時代小説集『逍遥の季節』(二〇〇九年刊)収録の『秋草風』と合わせ読むと、乙川が現代小説に賭けた志が明瞭となる。その志とは、古代・王朝・中世・近世・近代・現代・未来のすべての時間軸と、日本・フィリピン・ハワイにまたがる東アジアの空間軸とを、まるごと一作に集合・集約して圧縮した新しい小説の創造である。私は「文化統合小説」と名づけたい。二つの軸の交叉する原点O(オー)から、新しい日本文化が生まれ出る。

 八年前の時代小説短編『秋草風』のヒロインは、萌(もえ)。夫と離別し、一人で糸染(いとぞめ)に取り組んでいる。彼女の力量は、品質にこだわる老舗の主人も認めている。誠実な雛細工職人の男へと傾く一方で、昔からの腐れ縁の男も忘れられない。彼らが、江戸時代の根岸の里から現代へと、一斉に飛び出してきたのが、長編現代小説『R.S.ヴィラセニョール』である。

 ヒロインは、フィリピン人男性の父と、日本人女性の母を持つレイ。彼女は、染色を生業(なりわい)とし、銀座の老舗の主人から評価されつつある。信じた男から妊娠中に捨てられ、気まぐれな画家の男と腐れ縁を続けている。そして、草木染に取り組む、メキシコ人と日本人との血が流れる男の誠実さを信頼している。構成要素自体は『秋草風』と同じだが、『R.S.ヴィラセニョール』には、大きな「命」が宿っている。

 レイの父のリオ・ヴィラセニョールは、激動の現代フィリピンの歴史に翻弄された被害者であり、巨悪に復讐したい一心で日本で暮らしている。彼は、愛する家族を命がけで守る一方で、愛する家族すらも捨て、正義のために命を賭ける。幕末期の勤王の志士たちを突き動かした「やむにやまれぬ大和魂」は、フィリピン人男性の心でもあった。乙川は、日本文化の普遍性を、この文化統合小説で検証しているのだ。

 メスティソ(混血児)であるレイは、「日本の芯」である色合いを求め続けた。彼女が見出したのは、王朝の「蘇芳(すおう)」の色だった。蘇芳は外来種の植物だが、それを用いて染めた赤紫色は、最も日本的で優美な色として、平安時代に好まれた。レイは、神仏習合以来、異文化を取り入れることで活性化させた「日本文化の生命力」のシンボルだったのだ。

 時代小説『秋草風』に無く、統合小説『R.S.ヴィラセニョール』にあるもの。それは、フィリピン現代史の暗黒面が詳細に語られていることだろう。この部分は、歴史を叙述する文体で書かれている。残酷な歴史は、「世界悪」を象徴している。レイの父は、わが身を暴風に変えてまで、歴史という悪しき運命に抗う。父は、志士のように戦う。そして娘のレイは、蘇芳色が体現している「異文化統合」の力を現代に蘇らせ、日本文化の命を活性化するために、染色の道で戦う。

 レイの日本名は、「市東鈴(しとうれい)」。「市東」は、蘇芳の色である「紫藤(しとう)」に通じる。紫の上と藤壺、すなわち『源氏物語』の色でもある。そして、「鈴(レイ)・ヴィラセニョール」の中には、「鈴屋(すずのや)の大人(うし)」こと本居宣長の名前が隠されているように思う。乙川は、この文化統合小説で、現代の「もののあはれ」を確立しようとした。『源氏物語』は、二十一世紀に新生した。世界悪と戦う武器となった異文化統合システムは、二十一世紀の文学と文明の新たな芯を作り出す。

新潮社 波
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加