明文堂書店石川松任店「過激や過剰が真実に変わる瞬間に、恐怖……。」【書店員レビュー】
[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)
《国会議事堂の頂きにすわりこみ、周囲をとびまわる自衛隊ヘリからの催涙弾攻撃に悩まされながら、おれはここを先途と最期の煙草を喫いまくる》嫌煙権運動が昂り、喫煙者差別が異常なレベルにまで達した世界で、地上最後の喫煙者となった小説家……「最後の喫煙者」。
甲殻類といった方が適当な大きさを持つ虫《ランプティ・バンプティ》。その虫を背負い、寄生させた子どもはIQが高まり、天才になった。無条件ではないが、天才になれる方法が普及されつつある社会の悲喜劇……「こぶ天才」。
本書はとても怖い小説集だ。新潮文庫の自選傑作集シリーズの中には、ホラーと銘打たれたものが別に二冊あります(『懲戒の部屋』『驚愕の曠野』の二冊ですね。これもおすすめ!)が、本書にもそれらの短篇集に負けない恐怖(必ずしもホラー小説的な恐怖とは限らない)が皮肉な笑いの中に潜んでいる。無茶苦茶だ、と一蹴することのできない世界、そこで生きる必死な登場人物たち。過激や過剰が真実に変わる瞬間が、本書にはあるような気がします。私たちはもしかしたらこの世界を笑っているわけではなく、この世界に笑われているのかもしれない……。そう考えると、とても怖くなりました。