民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

対談・鼎談

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ポピュリズムとは何か

『ポピュリズムとは何か』

著者
水島 治郎 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784121024107
発売日
2016/12/19
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

保守主義とは何か

『保守主義とは何か』

著者
宇野 重規 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784121023780
発売日
2016/06/22
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

民主主義(デモクラシー)の曲がり角で、今 〈対談〉水島治郎『ポピュリズムとは何か』×宇野重規『保守主義とは何か』

宇野重規氏と水島治郎氏
宇野重規氏と水島治郎氏

ポピュリズムはデモクラシーの後をついてくる

 宇野 「ポピュリズム」は最近の時勢を語るキーワードの一つで、様々な言説の中で頻繁に用いられています。しかし用い方は、かなり曖昧で、せっかくの議論も噛みあわないこともある。同じことを「保守主義」についても感じています。時代の流れの中で、本来の定義から変質してきているところはあるでしょうが、改めて過去の政治運動の流れや、思想対立の状況を押さえることは、現代に対する示唆を得る、一つの方法だと思うのです。
 水島 デモクラシーが大きな曲がり角を迎えている時代ですよね。私は2012年に『反転する福祉国家』という、オランダから欧州の福祉改革と移民排除の論理を分析する本を出しました。オランダという国は、安楽死にしろ、売春や同性婚にしろ、他国に先駆けて合法化しています。同時に影の部分も先進的で、二〇〇二年に右のポピュリズム政党が政権入りし、反移民政策へと舵を切りました。それがその後、ポピュリズム政党の主張の核となって、他国に波及していくのです。
 そして二〇一四年にはヨーロッパ議会議員選挙で、ポピュリズム政党のイギリス独立党とフランス国民戦線が第一党になります。この事態はもはや、オランダ一国の先鋭性だけでは掴みきれない。視野を広げ、先進国に共通の現象として捉え直す必要があるのではないか、と思いました。
 宇野 私は水島さんの『ポピュリズムとは何か』には、三つのポイントがあると読みました。第一に「民主主義」と「ポピュリズム」を、切っても切り離せないものとして扱っていることです。ツヴェタン・トドロフの『民主主義の内なる敵』は、私も以前から注目していました。二〇世紀には、「民主主義」対「全体主義」というように、外部の敵が論じられましたが、今はむしろ、民主主義の内なる敵として、ポピュリズムが現われているのだと。
 ポピュリズムを否定して、民主主義を擁護しようという人がいるのですが、むしろポピュリズムの中にはデモクラシーに内在する矛盾が端的に表われる。例えばポピュリズムには、「政治から排除されてきた周縁的な集団の政治参加を促進する」「既存の社会的な区分を越えた政治的、社会的まとまりを作り出す」、そこから人々が責任を持って決定を下す「直接的な政治の復権を促す」という要素があると。これらは既存の政治が取り溢してきたものですよね。
 第二に、南米におけるポピュリズムの「解放」の契機と、ヨーロッパのポピュリズムの「抑圧」の契機とを対置してみせたこと。
 ポピュリズムは、十九世紀アメリカ西部の貧しい民衆が、東部のエリートや大企業に反発しておこった、人民党の台頭を起源とし、その後南米に広がっていく。
 一方、現代ヨーロッパのポピュリズムに対し、水島さんは警鐘を鳴らしています。オランダのウィルデルスを筆頭に、デンマークやフランスにおける「反イスラム」や「排外主義」の高まりは、一見、自由・人権・男女平等という近代的価値を承認し、リベラルデモクラシーの論理にのっとっているように見える、がしかし……と。各国のポピュリズム政党が、排除を正統化する論理を手にしていることへの懸念が窺えました。
 三つ目は、ポピュリズムへの対処について示された、水島さんの見解です。ポピュリズムは、ある層の人々の不安や悩みを掬い上げる機能を持っています。ですから、ポピュリズムを社会を乱すものとして排除しようとするのでなく、かといって取り込むのでもなく、その問題提起を受け止めること。既成政党が自らを鍛え直し、グローバリズムの下で置き去りにされた人々の思いを汲み取る努力をすること。そうした可能性が打ち出されていたのを、示唆的だと感じました。
 水島 ありがとうございます。メディアや、政治学、社会科学においても、デモクラシーの原理をないがしろにして、独裁政治を喝采によって制度化しようとする動きがポピュリズムである、という見方が強いですよね。普段は政策や政局に対する意見で真っ向から対立する読売新聞と朝日新聞も、ポピュリズムを大衆迎合主義として批判する点では、奇妙に一致しているように見えます。これは、現実の政治でも、保守政党と左派政党が一致してポピュリズム政党を批判する、そのメディアバージョンではないかと。
 現代のヨーロッパでは、排外主義的主張を掲げる右派的なポピュリズム政党がほとんどなので、デモクラシーの落とし子とは、なかなか思ってもらえません。しかし歴史的に見ると、ポピュリズムが、常に反移民、反マイノリティであったとは言えないのです。
 南米には、社会経済上の圧倒的な不平等から発する、特権的エリートや既成政治への反逆という、ポピュリズムの契機がありました。また現在でも、その土壌は存在しています。背景が違うので表われる政治経済的な状況は異なりますが、ヨーロッパにも「抑圧」の契機のみならず、反エスタブリッシュメントのロジックは存在します。そうした多面性をみなければ、ポピュリズムの本質は理解できない。「ポピュリズムはデモクラシーの後を影のようについてくる」と言われますが、二十一世紀型デモクラシーの中から生み出された新しい存在として、ポピュリズムを見なければいけないと思っています。

週刊読書人
2017年2月10日号(第3176号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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