【ニューエンタメ書評】竹本健治『しあわせな死の桜』、千澤のり子『君が見つけた星座 鵬藤高校天文部』ほか

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  • 人間じゃない 綾辻行人未収録作品集
  • しあわせな死の桜
  • 鵬藤高校天文部:君が見つけた星座
  • オールド・ゲーム
  • ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

やっと春の暖かさを感じる季節になりましたね。
新年度が始まり、気持ちも新たに新しい本を手にとってみませんか?
今月も選りすぐりの10作品をご紹介します。

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 今年は、柴田錬三郎生誕一〇〇年、岡本綺堂『半七捕物帳』連載開始一〇〇年、池波正太郎『鬼平犯科帳』連載開始五〇年、山本周五郎没後五〇年、藤沢周平没後二〇年など、エンターテインメント小説家のメモリアルが満載。そこで今回は、デビュー三〇周年を迎える綾辻行人の単行本未収録短編集『人間じゃない』(講談社)から始めたい。
 子供たちの間で流行している都市伝説「赤マント」を模したかのような奇怪な事件が起きる「赤いマント」、著者をデビューさせた恩人であり、“新本格”と呼ばれるムーブメントを作った名編集者・宇山日出臣に捧げられた“読者への挑戦”もの「洗礼」、精神を病んだ男が語る妄想に思えた物語が、恐ろしい着地の仕方をするホラー・ミステリ「人間じゃない──B〇四号室の患者──」など、正統的な本格ミステリから、怪奇・幻想譚までを発表している著者らしい五作が収められている。収録作は、〈館〉シリーズの第四作『人形館の殺人』の後日談であったり、『深泥丘奇談』『フリークス』の番外編になっていたりする。そのため本書を手掛かりに著者の他の作品を探したい初心者も、著者の作品世界をもっと掘り下げたいマニアも、満足できるのではないか。
 昨年刊行された『涙香迷宮』が、『このミステリーがすごい! 2017年版』の第一位に選ばれた竹本健治の『しあわせな死の桜』(講談社)は、著者の三冊目の短編集である。
 平凡な女子大生が、大学の人気者の男性にお茶に招かれるも、それが日本式の茶会だったという意表をつく始まり方をする「依存のお茶会」、『今昔物語』の一編「碁擲ちの寛蓮、碁擲ちの女にあふ語」を解釈することで、その裏にある政治的な陰謀を浮かび上がらせる歴史ミステリ「妖かしと碁を打つ話」は、茶道や碁のペダンチックな解説が、迷宮のような構造を作っているのも面白い。「明かりの消えた部屋で」と「ブラッディ・マリーの謎」は、PSP用のゲーム『TRICK×LOGIC』のために書かれた“読者への挑戦”もの。『ウロボロスの偽書』に作中作として出てくる〈トリック芸者〉シリーズの一編「トリック芸者 いなか・の・じけん篇」は、因習の残る村で陰惨な事件が起こる横溝正史の金田一耕助ものを彷彿させる。著者の短編集としては、ミステリ色の強い作品が集められており、『涙香迷宮』で著者を知った方には、その奥深い作品世界を知るのに最適の一冊といえる。
 寡作ながら良質のミステリを発表している千澤のり子の新作『君が見つけた星座』(原書房)は、高校の天文部を舞台にしている。自殺志願者を助けて大ケガをし、高校の入学が遅れた菅野美月は、同じクラスの高橋誠に誘われ天文部に入部する。こうした設定の場合、日常の謎になると思いがちだが、第一話「見えない流星群」では、徹夜観測会の日、顧問の教師が殺されるので、まず展開の意外性に驚かされる。
 これ以降は、学園祭のために作ったプラネタリウムの近くに、レースペーパーに包まれた黒髪の束が置かれる、日蝕観測用のグラスが別物とすり替えられるといった日常の謎にシフトするが、いずれも事件とは無関係そうな場所に伏線を隠し、それを丁寧に回収することで意外な真相を導き出す緻密で美しい構成になっている。思春期のグロテスクな感情を暴く作品もあれば、心温まる結末の作品もあるが、“闇”よりも“光”を強調しているので読後感は心地よい。特にケガで心に壁を作った美月が、天文部員との友情を深め、難事件に挑むことで成長していくところは青春小説としても秀逸である。
 川崎草志『オールド・ゲーム』(KADOKAWA)は、二〇〇〇年前後、つまりセガ、ソニー、任天堂の三つ巴の戦いに、巨人マイクロソフトが参入した頃のゲーム業界を舞台にした日常の謎ものの連作ミステリ。著者は、ゲーム会社に勤務した経験があるだけに、当時のゲーム業界の動向が詳しく描かれており、古くからのゲーマーは胸が熱くなるだろう。
 厳重なセキュリティの社内から、開発途中の基盤が消える「ホワイト・ナイトウォッチ」、発売したゲームにチェックをすり抜けた重大なバグが見つかる「バイト・バック」、あるゲームに、ありえないハイスコアを出すプレイヤーが現れる「チーフ・スペシャル」などの六作は、不可解な謎がシンプルなトリックで解決されるだけに切れ味が鋭い。謎が解かれると、どの職種でも変わらない仕事への悩みが明らかになるので、宮仕えをしている読者は身につまされるはずだ。
 鎌倉で古書店を営む篠川栞子と従業員の五浦大輔が、古書がからむ謎を解く三上延『ビブリア古書堂の事件手帖7 ~栞子さんと果てない舞台~』(メディアワークス文庫)は、人気シリーズの完結編。栞子たちは、貴重なシェークスピアのファースト・フォリオ(初版本)の争奪戦に巻き込まれていく。このファースト・フォリオは、複製が二冊作られたが、前の持ち主の憎悪ゆえに、三冊ともすべて糊付けされ、どれが本物か分からなくなっていた。因縁の三冊がオークションに出品されたことから、栞子は、ファースト・フォリオを狙う母で宿敵の智恵子と、真贋の鑑定を競うことになる。
 今回は謎解きの要素は抑えられているが、相手の心理を読みながら競りを行うクライマックスのスリルは圧倒的。智恵子が家族を捨ててまで探していた本とは? 栞子と大輔の恋の行方は? これまで解明されなかった謎を解きながら、大団円に向かって盛り上がる物語からは目が離せない。
『蜜蜂と遠雷』で直木賞を受賞した恩田陸の受賞後第一作『失われた地図』(KADOKAWA)は、青春小説色の強かった受賞作とは一転、ダークなファンタジーとなっている。
 錦糸町、川崎、呉などの旧軍都に突然、異世界へ通じる「裂け目」が現れ、そこから異形のモノ「グンカ」が出てくる。物語は、普通の人には見えない「グンカ」と戦い、「裂け目」を封印する特殊な能力を持った風雅一族の活躍を連作形式で描いている。中でも大阪城に出現した「裂け目」から、石山本願寺の僧兵、大坂の陣に参加した武者、先の大戦の兵士など時代を超えた死者が現れ、風雅一族と乱戦を繰り広げる「大阪アンタッチャブル」のイマジネーションとスペクタクルは圧巻である。「グンカ」は、戦争が起こればいいと考える人間が増えたり、ナショナリズムが煽られたりすると、その気配を察知して湧いてくるとされる。作中では、風雅一族が「グンカ」の増加に手を焼いているが、それが現実の社会を覆う不穏さのメタファーなのは間違いあるまい。
 超能力をテーマにした『サクラダリセット』の河野裕が再び超能力を題材にした『最良の嘘の最後のひと言』(創元推理文庫)は、七人の超能力者の壮絶なバトルが描かれるが、その内容が敵を出し抜くコンゲームというのが面白い。
 世界的な大企業が、採用者一名、年収八〇〇〇万円で超能力者を募集した。約二万人が応募し、本物と認められた七名が最終試験に残った。候補者には、試験に有利な超能力を持つ順にナンバー1から7までの番号が振られ、ナンバー1には採用通知書が送られている。試験は決められた範囲、時間内で採用通知書を奪い合い、試験終了の瞬間にそれを持っていた人間が勝者となる。最終候補者の持つ超能力は、二つの物の位置を入れ替える、物の複製を作る、遠くの物を引き寄せるなど、書類の争奪戦には効果的なものばかり。だが各能力には本人しか知らない限界があり、そもそも超能力は自己申告なので存在自体が嘘の可能性もある。腹に一物ある七人が、離合集散を繰り返しながら壮絶な頭脳戦、心理戦に打ってでるだけに、誰が勝利するか最後まで分からないはずだ。
 諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』(集英社)は、赤染衛門の娘・江侍従が、和泉式部の実像を知るため、様々な人物から話を聞くミステリタッチの物語である。多くの男と浮名を流した式部は、「浮かれ女」といわれた。著者はこの見解を否定し、式部が何人もの男と恋愛、結婚をした背景には政治的な陰謀があったとする。奔放という批判を、歌の才能で切り抜けた式部は、自分の評判を逆手に取り、恋愛に身を焦がすことでより優れた歌を詠もうとする。女性の人生が、父や夫などの男に左右されていた時代に、思うに任せない現実に苦しみながらも、自分を信じてしたたかに世を渡っていった式部の姿には、現代の女性も共感するところが大きいのではないかと思える。
 梶よう子『北斎まんだら』(講談社)は、直木賞候補になった『ヨイ豊』に続く浮世絵シリーズの第二弾。今回は、タイトルにある葛飾北斎の名作の創作秘話のほかにも、大規模な展覧会が開かれるなど市民権を得た春画の話題も多く、美術史に興味があると特に楽しめる。信州の素封家の嫡男・三九郎は、弟子入りするため浅草の長屋に住む北斎を訪ねる。そこで北斎の娘・お栄、弟子の渓斎英泉に出会った三九郎は、絵の修業をしながら、お栄たちと北斎の贋作を描いたのが誰かを調べることになる。本書で議論されるのは才能である。三九郎を始め、絵師を目指す若者は、北斎の才能に憧れるが、当然ながら誰も北斎になれない。それは並外れた画力を持つお栄、英泉も同じなのだ。到達できない才能を目の当たりにした時、人はどんな道を選ぶべきかを問う本書は、仕事の理想ではなく、現実を突きつけるお仕事小説といえる。
 二・二六事件を扱った小説は少なくないが、植松三十里『雪つもりし朝 二・二六の人々』(KADOKAWA)は、岡田啓介首相の身代わりを務める義弟の松尾伝蔵、決起を知り青森から帰京しようとする秩父宮、反乱軍と同じ部隊にいた本多猪四郎(『ゴジラ』の監督)など事件に巻き込まれた五人を取り上げ、緊迫感あふれる筆致で知られざるドラマを描いている。単に事件の経過を追うのではなく、この事件が戦中・戦後の政治に与えた影響までをフォローしているので、スケールも大きい。著者は、二・二六事件を契機に軍の発言権が増した昭和初期と、現代を二重写しにすることで警鐘を鳴らそうとしている。この問題意識は、全五章で十分に伝わるので、ダメ押し的な序章と結章は不要に感じた。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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