『北村薫の創作表現講義』
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北村薫×宮部みゆき 対談「この面白さがわかれば、小説が書けます!」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開
小さなアンソロジー
宮部 この本には、創作表現して生きている日々の楽しさが溢れています。書きたいと思っていて、その芽を持っている方がこれを読むと、何かもやもやしてつかみ切れなかったものが、これだ、わかった、と。それで一段階ステップを上がれると思うんですよね。タイトルもぴったりだと思いますよ。
北村 そうだといいですね。
宮部 同時に、小さなアンソロジーでもありますね。北村さんに愛されて選ばれた作品が収められています。短歌やエッセイもありますが、短篇小説も二篇入っています。
北村 名作と謳われた里見弴の「椿」や、歌人の塚本邦雄さんの瞬篇小説も入れました。
宮部 塚本さんの「晝戀」。
北村 あの旧字旧仮名の表現を外して考えられない作品です。その表現を真似ろとは言えないんだけど、あの正字体の漢字、旧仮名、硬質の文体。「椿」と「晝戀」を比べて読むと、内容がすなわち表現であり、表現が内容であると、そういうことが分かると思ったんです。難しい言葉を使っちゃいけない、とか、わかりやすく書きましょうとかいうのは正しい。しかし、正しいことは決してひとつではないんですね。一概に言えないんです。
宮部 言えませんよね。並べてみると、「椿」と「晝戀」は小説の顔が全然違いますものね。どちらも奇しくも姉妹の話。この取り合わせがすごいなと思いました。
北村 たしかに、そう考えると小さなアンソロジーですね。
宮部 個性を表現するには技術がいる。でもハートのない技術では書けない。その二つのはざまに「ものを書く」ということがあるような気がします。そういう微妙なことを学生さんに教えるというときに、こういう既存の作品を読んでみて、それをどう思うか、何を感じ取ったかということをともに考えていくというのは、一番正しいし、楽しいと思いました。
北村 総論と各論はまた別ですけれど、総論的な意味で、そういうふうなやり方というのがあると思いますね。それを踏まえて、自分をみつけるということなんですよね。
宮部 自分の表現をみつけて「わたし」を書くためには、「あなた」を読むことも大切なんですよね。そして私はこの本で「晝戀」という忘れられない作品に出会うこともできました。