『イブン・バットゥータと境域への旅』 家島彦一著

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『イブン・バットゥータと境域への旅』 家島彦一著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

遊行の地だった辺境

 イブン・バットゥータの「三大陸周遊記」(抄訳)を初めて読んだのは、もう、半世紀以上昔のことになる。「あぁ、こんな旅がしてみたい」と心から思ったものである。本書は、この「大旅行記」の完訳を成し遂げた碩学(せきがく)によるまたとない案内書だ。

 14世紀の初めにモロッコで生を受けたイスラームの法官だった彼は、なぜ約30年に及ぶ大旅行を達成し得たのか。その背景には、モンゴル帝国の平和とイスラーム世界の安定した権力により、インド洋海域世界とユーラシア大陸を相互に結ぶ国際的交易ネットワークが成立していたことが挙げられる。数え年で22歳の彼はメッカ巡礼に旅立ったのだが、エジプトで2人の聖人から遠行漫遊を示唆する神託を受ける。これが遍歴の始まりであった。彼はインド・デリーで法官として8年間を過ごす。当時、同地のトゥグルク朝スルタンは、アッバース朝カリフ(エジプトのマムルーク朝が保護)からの確証を得なければ王権は行使できないと考えていた。インド洋では、アラブ系ダウ船に代わって中国船(ジュンク、ザウ)が幅を利かせており、東アフリカのクルワー王国はアフリカ内陸の金の交易で繁栄していた。大旅行記は、このように当時の海の境域(ニュー・フロンティア)の姿を活(い)き活きと描き出す。

 彼は、モンゴル帝国の交通網を最大限に利用して陸の境域をも踏破した。オスマン朝が勃興(ぼっこう)する直前のアナトリアの情勢、中央アジアとインドを結ぶヒンドゥー・クシュ越え交通ルートなど大旅行記はまさに記録資料の宝庫だ。故郷に戻った彼は最後の旅、サハラ縦断に挑む。そして、マグリブのマリーン朝スルタンの求めに応じて大旅行記を口述、こうして彼の旅は伝統のリフラ(メッカ巡礼記)の体裁に纏(まと)められたのだ。当時の境域は、精神的ジハード(自己修練)を求める苦行者たちの遊行(ゆぎょう)の地でもあった。著者は問う。彼の旅は、境域におけるまさにジハードの旅でもあったのではないかと。

 ◇やじま・ひこいち=1939年東京生まれ。文学博士、東京外大名誉教授。著書に『海域から見た歴史』など。

 名古屋大学出版会 5800円

読売新聞
2017年4月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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