「多重構造」が深い余韻を残すミステリ 『虚像淫楽』など3冊

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書籍情報:openBD

「多重構造」が深い余韻を残すミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 作中作、書簡形式などを用いた多重構造で読者を惑わせるミステリは数多い。

 例えば山田風太郎虚像淫楽』(角川文庫)所収の短編「死者の呼び声」。登場人物が受け取った手紙には探偵小説風の物語が書かれており、更に手紙の物語の中に別の探偵小説風の手紙が登場する、というマトリョーシカのような三重構造が摩訶不思議な読み心地を与える小説だ。

 或いは歌野晶午の『死体を買う男』(講談社文庫)。江戸川乱歩と萩原朔太郎がコンビを組んで探偵役を務める「白骨鬼」という小説と、落ち目のミステリ作家が「白骨鬼」の生原稿を入手する経緯を描いた物語が並行し、ラストで複雑な仕掛けが判明する。

 今回ご紹介するゴードン・マカルパイン青鉛筆の女』(古賀弥生訳)もまた凝りに凝った構造を持つミステリだ。

 本書は三つの異なるテキストによって構成されている。一つは「オーキッドと秘密工作員」という、ウィリアム・ソーン名義で一九四五年に発表されたスパイ・スリラー。二つめはその作者に宛てた編集者の手紙。そして三つめは作者の本名であるタクミ・サトーの名が署名された「改訂版」というハードボイルド仕立ての未発表原稿。カリフォルニア州にある解体予定の家で発見された三つのテキストを往還しながら、読者は頁を捲ることになる。

 作者がなぜ三つの文章を併置させたのか、当初はその真意が掴めない。だが読み進めるにつれて、文章の向こう側に一つの像が結ばれていくことに気付く。読者は自ら探偵役となって、その像を完成させるヒントを集めることに楽しみを覚えるだろう。同時に、歴史に翻弄された者の慟哭が立ち上ることで、本書が深く重いテーマを内包した小説であることを痛感するに違いない。

 なお本書が米国で刊行されたのは二〇一五年のこと。しかし取沙汰されるテーマは、トランプ政権が誕生した現在の方がより深刻に受け止められるはずだ。その意味で、本書は今この時代にこそ読まれるべきミステリなのである。

新潮社 週刊新潮
2017年4月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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