【文庫双六】『ボートの三人男』とくればこの本!――梯久美子

レビュー

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【文庫双六】『ボートの三人男』とくればこの本!――梯久美子

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 イギリスの古典的ユーモア小説『ボートの三人男』(ジェローム・K・ジェローム)は、ヴィクトリア朝時代の三人の紳士がテムズ川をさかのぼる話だった。そのおよそ一〇〇年後に書かれた『犬は勘定に入れません』(コニー・ウィリス)には、主人公たちが彼ら三人とテムズ川で遭遇し、言葉を交わす場面がある。

『犬は……』の主人公は、オックスフォード大学史学部の大学院生ネッド。彼が生きているのは二〇五七年の世界である。なのになぜヴィクトリア朝紳士と遭遇できるのかというと、この時代には過去へのタイムトラベルが実現しているという設定だからだ。

 ネッドは空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂の復元計画のために第二次大戦中にタイムトラベルするのだが、任務に疲れ果ててダウンし、のんびりした時代、つまりヴィクトリア朝へと脱出して休暇を楽しむことになる。そこで(訳者の大森望氏の言葉を借りれば)「ヴィクトリア朝版バック・トゥ・ザ・フューチャー」であるところの、抱腹絶倒の大冒険が繰り広げられるのだ。

 三人男と遭遇するのはその冒険の途中である。ネッドは『ボートの三人男』を読んでいるという設定で、そろってブレザーに身を包み、口髭を生やした三人の男と、ボートの舳先にちょこんと座った小さな犬を見て「あの三人だ!」と叫ぶ。

 つまりこれは『ボートの三人男』へのオマージュで、『犬は勘定に入れません』というタイトルからして、実は『ボートの三人男』の副題(To Say Nothing of the Dog)からきている。

 未来のオックスフォード大学史学部のタイムトラベラーたちの活躍を描いたシリーズには、涙なしには読めない『ドゥームズデイ・ブック』という傑作もあるが、本作はすぐれたSFでありミステリでありながら、ひたすら笑えるユーモア小説である。いつの日かタイムトラベルが現実になったら、ジェローム・K・ジェロームに読ませてみたい。

新潮社 週刊新潮
2017年4月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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