直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』の興奮冷めやらぬうちに発表された、もうひとつの恩田ワールドを堪能!

インタビュー

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失われた地図

『失われた地図』

著者
恩田 陸 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041053669
発売日
2017/02/10
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

祝 直木賞受賞! 恩田 陸〈刊行記念インタビュー〉『失われた地図』

2017年1月、青春群像小説『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞を受賞された恩田陸さん。
受賞後第一作となる本作は、打って変わって、戦争や軍隊の記憶が残る
「軍都」を巡る物語でした。物語を紡ぐ中で、恩田さんが感じた世相の変化とは?

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――『失われた地図』は日本各地に出現する「裂け目」を塞ぐために奮戦する、異能の男女の活躍を描いたアクション・エンターテインメントです。錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木と六つのエリアを舞台にした連作ですが、そもそもどんなコンセプトから生まれた作品でしょうか?

恩田 六つの町に共通しているのは戦争や軍隊の記憶なんです。東京はもともと侍と官僚がつくった町で、戦争に対する備えが根底にある「軍都」なんですよ。あらためて意識してみるとそうした町は日本中にあるので、そこを舞台に何か書いてみたいな、というのが発端でした。

――恩田さんはこれまでにも全国の都市を舞台にしてきましたが、軍都という切り口は初ですね。興味を持たれたきっかけは?

恩田 今住んでいるのは港区の麻布あたりなんですが、近所を散歩していると戦中・戦前の歴史的遺物にぶつかる機会が多いんです。国立新美術館別館は旧陸軍の兵舎でしたし、青山公園のあたりは広大な射撃場。東京ミッドタウンが建っている土地も、防衛庁の庁舎跡地です。こんなに身近に戦争の記憶が潜んでいたんだ、というのは新鮮な驚きでした。これは今の家に引っ越さなければ気づかなかったですね。

――繁栄の裏側に隠された軍都としての貌。それで『失われた地図』なんですね。

恩田 そうです。忘れ去られた記憶を掘り起こすというか、再発見するみたいなニュアンスですかね。

現実がフィクションを
追い抜いていった

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――第一章「錦糸町コマンド」で裂け目が現れたのは、古くから歓楽街として栄えてきた錦糸町。主人公の鮎観と元夫の遼平、甥の浩平の三人は手がかりを追い、錦糸堀公園にたどり着きます。

恩田 これを書くために初めて行ったんですが、場外馬券売り場のそばにスナックや風俗店が軒を連ねていて、お金が循環する仕組みになっている。好きな人には居心地のいい町だろうなあと(笑)。その一方で、錦糸堀公園はもともと陸軍の糧秣廠倉庫。物資が錦糸町駅まで国鉄を使って輸送されていた。そのギャップを面白いと感じました。

――同地に伝わる怪談「おいてけ堀」について言及されたり、ある妖怪が登場したり。妖怪マガジン『怪』に連載されていただけあって、日本的なモチーフも使われています。

恩田 せっかく『怪』に連載するので、そっち方面のネタも入れるつもりだったんです。それで「くだん」も登場させたんですが、後半になる頃にはころっと忘れていた(笑)。そういうテイストを期待した方には申し訳なかったなと。

――裂け目からは「グンカ」と呼ばれる者たちが次々と湧き出てきます。それを押し戻すのが鮎観たちに課せられたミッション。旧日本兵のような格好をしたグンカとは、いったい何者なのでしょうか?

恩田 人間の共有意識みたいなものが具現化した存在です。戦争の種というか、昔から人間の底に巣くっている、戦いたいという欲望が形になったものというイメージですね。

――それが各地で湧き出してくる。それは昨今の世相の反映でしょうか?

恩田 連載開始当初はそれほど世相を意識していたわけではないんです。軍都を舞台にするというコンセプトもどちらかというと、ノスタルジックな方向性だと思っていました。それが連載中からだんだん世の中の空気があやしくなってきて。最終話を書いた頃にははっきりフィクションが現実に追い抜かれた、という感じがありましたね。

――続く「川崎コンフィデンシャル」では、鮎観たちは鉄道マニアに人気の鶴見線に乗って、裂け目を探りに出かけます。川崎にも取材に行かれたのでしょうか?

恩田 今回舞台になっている場所は全部訪れています。鶴見線は沿線にある工場に通勤する人のための路線なので、朝と夜だけ利用者が多くて、日中はがらんとしていました。終点の駅はある工場に直結していて一般人は降りられない。でも酔狂な鉄道マニアや観光客のために、その会社がわざわざ敷地の一部に公園を整備しているんです。

――鮎観が再婚を勧められたと聞きショックを受ける遼平の姿がほほ笑ましいですが、彼らのプライベートや一族の秘密については、それほど詳しく描かれていませんね。

恩田 遼平が普段はカバン職人をしているという設定はあるんですけど。そのへんはあまり描きこまなくても構わないタイプの作品かなと。一族のルールや成り立ちについても、ご想像にお任せします、という感じですね。

――クライマックスは沿岸部に建つ巨大工場。この一帯にも秘められた歴史がありました。

恩田 今でも外国人労働者が多いエリアですが、かつては沖縄から移住してきた人も多く働いていたんです。沖縄出身の方が暮らすコミュニティもありますし、川崎を書くならそこは触れておきたいなと。夜の工場見学にも行ってきましたが、やっぱり壮大な美しさで、この機会に見られてよかったです。

――第三章「上野ブラッディ」は恒例のお花見の最中、鮎観と遼平が事件に巻きこまれます。上野にも戦争の痕跡が残っていることをあらためて知りました。

恩田 なにしろ上野戦争がありましたから。幕府軍と薩長軍がぶつかってたくさんの人が亡くなった土地です。作品にも書きましたが、上野恩賜公園に顔だけが残る大仏様も戦争と関わりが深い。東京ってつくづく戦争や死の記憶が残っている町なんだなと、このエピソードを書いていて思いましたね。もともとお花見や花火大会も、死者を慰めるための行事。震災直後には自粛しましたけど、取りやめるのは本来おかしなことなんです。

――そんな上野の過去を象徴するような、艶やかでミステリアスな回でした。第四章「大阪アンタッチャブル」では遼平と浩平が大阪に出張し、オネエ口調の異能者・カオルとともに大阪城に向かいます。

恩田 大阪城には何度か行ったことがあったんですけど、ちゃんと歩いてみたのは初めてでした。戦国時代だけではなく、平安から近現代まで、色々な時代が重なり合っている空間だなと。市立博物館だった建物はもともと陸軍の司令部で、その後はGHQに接収されて、大阪市警本部としても使われていた。大阪城公園の一部には江戸時代に化物屋敷が建っていたというし、これはグンカだけでは済まない舞台だなと。

――それで戦国時代や平安時代の亡霊まで登場するんですね。石垣を使ったアクションシーンは大迫力でした。

恩田 あの大きな石垣を見た瞬間、飛ばすしかないと直感して(笑)。あれが頭上に浮かんでいたらイヤでしょ? 実際にロケハンをしてみて出てくるアイデアというのはありますね。

――大阪編あたりから出現するグンカの数も増えてきます。遼平も「いささかインフレ気味」とこぼしていますね。

恩田 当時はちょうど橋下市政の時代で、なんとなく世間がきな臭くなってきたという実感があったんです。橋下市長について大阪の方に聞くと「はっきりものを言うのが良い」と言うんですが、それが本当に良いことなのか疑問だった。大阪編の頃には、これは戦争に向かってゆく時代のメタファーでもあるんだな、と意識していましたね。

印象的なラストシーンに
こめた思い

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――第五章「呉スクランブル」は西日本出張編のパート2。遼平、浩平はカオルとともに広島県の港町・呉に向かいます。

恩田 かつての軍港として有名ですよね。海を挟んだ江田島には旧海軍の兵学校があって、今は海上自衛隊の学校になっています。ところが実際に歩いてみるととてもクリーンな町で、淀んだ空気が一切なかったんですよ。それで、グンカが出るのはここじゃないと考え直しました。

――それで思わぬところからグンカが出現する、という後半の展開になるんですか。

恩田 好戦意識と結びつきやすいのがナショナリズムです。そして今、ナショナリズムのぶつかり合う現場に一番身を置いているのは彼らなんじゃないかと。そんな事実にも出かけてみて気づきました。

――呉といえば戦艦大和でも有名で、このエピソードでも印象的な登場シーンがあります。

恩田 映画やアニメではよく見ていましたが、実際どれほど巨大だったかは行ってみて初めて実感しました。あれが出港してゆく姿は、さぞかし壮観だったろうなと。と同時に思ったのは、戦争というのはつくづく資源のムダだなあ、ということです。江田島で世界のどこでどんな船が沈んだかという一覧表を見たんですけど、こんなに大量の資源が失われたのかと思うと、もったいなくて。にわかに反戦意識が芽生えました。

――資源のムダだから戦争反対、というのは説得力がありますね。では、鮎観や遼平たちが命をかけてグンカと戦っているのはなぜなんでしょう?

恩田 反応みたいなものだと思います。何か極端なものが出てきたら、それに対抗する作用も自然発生的に生まれてくる。そういう大きな視野での反応が、鮎観たちなんじゃないかと。今はヒーローが戦う理由をつくるのが難しい時代なんですよ。すべての価値観が相対化されてしまって、善か悪かで物事を語れなくなっている。こうとらえるのが一番自然かなと。

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――最終話「六本木クライシス」では二〇二〇年のオリンピック開催を控えた東京都心に、グンカが現れます。

恩田 東京でのオリンピック開催が決まった瞬間「しまった!」と思いました。ナショナリズムの高まりとか東京の再開発とか、そういったものに格好の口実を与えてしまった気がして。現に六本木のあたりも次々とビルが建設されていて、気づいたら景色ががらっと変わっています。東京は常にカオスであるというのが持論なので、変わってゆくのは構わないんですが、それがオリンピックに便乗してという形はイヤだなと。

――首都高速を歩いてゆくグンカの大群に対峙するのは、鮎観でも遼平でもないある人物でした。この印象的なラストシーンにこめた思いは?

恩田 一応、希望のある終わり方にしたつもりなんです。でもどういう形で終わるのがハッピーエンドなのか簡単には決められない。なのでどちらとも読めるようなエンディングにしました。今の時代はこういう終わり方にするしかないですね。これを希望ととるか絶望ととるかは読者次第だと思います。

――連載開始時の二〇一一年から今日まで、ここ数年の日本の空気をパッケージしたような作品になっているとも感じました。

恩田 そうですね。取材先で目にした風景や感じたこと、取材先で食べたものなんかは結構そのまま取り入れているので、ある意味、ドキュメンタリーなつくりの小説でもあるかな。呉の駐車場でダシの自動販売機を見かけて、何だろうと思ったのも実話ですし(笑)。意図していないところで、今の日本を切り取ったような作品になったのかもしれません。

――人気作「常野物語」シリーズのような異能バトルの話でありながら、現代のリアルを鋭く描いてもいる。とても野心的です。今後も鮎観や遼平の活躍を描いてゆく予定はありますか?

恩田 それは皆さんの需要があればということで。ただ他にも扱ってみたい軍都は幾つもあるんですよね。米軍基地のある三沢や海軍ゆかりの舞鶴、横須賀。特に三沢基地はすぐ近くにかの恐山があるので、このシリーズ向きなんです(笑)。機会があれば行ってみたいなと思っています。

恩田陸(おんだ・りく)
1964年宮城県生まれ。92年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞受賞。06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞。07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞受賞。17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞受賞。そのほか『ドミノ』『夢違』『雪月花黙示録』など著作多数。

取材・文|朝宮運河  撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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