『ポール・マッカートニー ザ・ライフ = PAUL McCARTNEY THE LIFE』
- 著者
- Norman, Philip, 1943- /石垣, 憲一, 1971- /竹田, 純子, 1952- /中川, 泉
- 出版社
- KADOKAWA
- ISBN
- 9784041043196
- 価格
- 4,180円(税込)
書籍情報:openBD
ポールの人生を冷静な視点で丁寧に書き記した一冊
[レビュアー] 岩本晃市郎(ストレンジ・デイズ主宰、音楽評論家)
ビートルズやそのメンバーに関する書籍の数はどれほどあるのだろうか? 彼らの母国以外で刊行された伝記や評論集も合わせれば、その数は膨大になる。それでもなお、毎年のように彼らに関する新たな書籍が発表されるのは、いまだもって彼らに対する人々の興味が絶えることがないことの証拠だろう。僕がビートルズの作品について触れた書籍『コンパクト ビートルズ』(マガジンハウス刊)や、『ポール・マッカートニーとアヴァンギャルド・ミュージック』(ストレンジ・デイズ刊)をはじめ、雑誌の特集やムックの編集、そしてビートルズのCDの再発やラジオ番組などを手がけてきたのも、彼らに打ちのめされたからだと思う(それは間違いない!!)。
ジョン派かポール派か、という禅問答のような問いかけは、ビートルズ・ファンにとっては“ごきげんよう”みたいなものだが、あえて言わせてもらえば、(音楽に関して言えば)僕はポール派。天才は質と量の世界。つまりいい曲をたくさん書くポールはまごうかたなき天才だ。(オノ・)ヨーコさんの“ポールはたくさんヒット曲を書いたけど、ビートルズを代表する曲(例えば「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」)を残したのはジョンの方だわ”という気持ちはわかるけど、やっぱり音楽家としての軍配はポールに上がる、と言いたい。本書はそんなポール・マッカートニーのビートルズとしての始まりからソロ~バンド~ソロを経た現在までを時間軸で丁寧に追った一冊だ。
本書にはこれまで一、二行で済まされてきたことが、十行をも費やして書かれている。そのすべてが丹念な取材の賜物であることは間違いないが、特にビートルズやポールに関するお金についてが綿密に調査され、記載されていることにはびっくりだ。そこから読み取れるのは、ビートルズとポールがいかに大きなお金を動かしてきたかだ。そして本書には、ビートルズやポールの作品に対する芸術的な批評や個人的な感情はほとんどない。あるのは、ポールがいつ何をして、それがどのくらいのお金を生んだか(あるいは失ったか)という冷静な記述だ。ただし、個人の感情がほとんど入っていない分、ものすごく読みやすい。訳者の力もあるのだろうが、著者のシニカルで冷静な視点で書かれた本書は、それゆえにこれまで見過ごしがちだった事実も浮き彫りにしてくれている。
本書の著者によれば、以前自分が書いた書籍でポールを不当に扱ったことから、ポールが自分を嫌っている、ということなのだが、どうやら今回はそんなことはないようだ。淡々と事実と金額を述べていく文章によって、ポールのこれまでの人生が、少し距離を置いた第三者の視点で書かれている。今年も四月にポールが日本にやってくるが、ビートルズはもちろんのこと、ポールの人生や歌をより深く知るには、彼の人生の近年までを追った本書は貴重かつ恰好の一冊となるはずだ。
今から十年ほど前、僕がロンドンのアビーロード・スタジオの最寄り駅、セント・ジョンズ・ウッド近くにあるカフェ、リシュー(Richoux)で朝食を取っていた時、なんとサー・ポール・マッカートニーが入ってきて、僕のすぐ近くの席に座った。周りは誰も気づいていないようだったので、僕は金縛り状態のまま店員さんに目配せをすると、彼は大きく頷いた。ポールだ、本物のポール・マッカートニーだ!! 彼はブラウントーストと目玉焼きのブレックファーストを注文したが、終始神妙な顔つきで携帯電話で話していて、トーストには手をつけず、二十分ほどして立ち上がり、ピーコートの襟を整えると、すーっと店を出て行った。店の外は結構な人通りだったが誰も彼に気づいていないようだった。それは、ちょうどヘザー女史との離婚で揉めていた時期と重なる。あの長電話もそれについてだったのかなぁ~と思えてくる。そんなヘザー女史についても本書は詳しく書き記している。