中条省平は 『ぼのぼの』41巻の 震災の記憶に重なる〈死〉の描写と構成に感嘆した

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ぼのぼの 41

『ぼのぼの 41』

著者
いがらし みきお [著]
出版社
竹書房
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784801954823
発売日
2016/03/26
価格
680円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

中条省平は 『ぼのぼの』41巻の 震災の記憶に重なる〈死〉の描写と構成に感嘆した

[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)

中条省平
中条省平

『ぼのぼの』の連載が30年をこえ、単行本はなんと41巻を数えました。
 最近は熱心な読者とはほど遠い付きあいしかしていませんでしたが、信用できるマンガ評論家の村上知彦さんが、『ぼのぼの』最新刊を、総合文化誌『フリースタイル』で今季のベスト3に入れていたので、手に取りました。
 いやあ、驚きました。41巻目になって初めて、これまでずっと不在で、誰も不思議に思わなかったぼのぼののおかあさんが登場してきたのです。しかも、主題はじつにストレートに〈死〉です。『ぼのぼの』はゆっくりと、着実に、変化(というより深化)を続けていたのですね。
 ある日、ぼのぼののおとうさんは海辺でクジラを見かけます。そして、ぼのぼののおかあさんのことを思いだします。むかし彼女(ラコという名のラッコ)はクジラに乗ってやって来たからです。
 おとうさんとラコの物語は、フラッシュバック( 回想形式)で展開し、41巻の半分以上を占めるのですが、この回想には、息子であるぼのぼのの伝聞によるナレーションが分かちがたく入り混じっていて、その控えめな語り口と微妙な距離感のせいで、ラコの悲劇の大きな悲しみとともに、やるせない諦念をも表現することに成功しています。
 ラコとブライアン(これがおとうさんの名前だったのです)は恋に落ち、一緒に森を散歩します。このラブロマンスの部分もとてもみずみずしい感動を呼ぶのですが、ふたりが楽しく時をすごしているあいだに、森が揺れます。そして、海辺に戻ってみると、ラコを乗せてきてくれたクジラが崖の岩壁に叩きつけられて死んでいます。さっきの揺れは地震で、その津波がクジラの命を奪ったのです。
 ラコは自分が恩人のクジラをほったらかしにして、ブライアンとお花畑に行ったり、へらへら笑っているときにクジラを死なせてしまったことで深い罪悪感に襲われ、癒えない悲しみに沈みます。
 それでもブライアンや森の仲間たちの必死の努力で、ラコは束の間の幸せを味わうのですが、ぼのぼのをお腹に宿しているときに……。
 ラコの悲しみは病気だとブライアンは考えます。しかし、今度はその病気にブライアンが罹ってしまうのです。
 おそらく、このラコとブライアンの悲しみという病気の話には、作中に示唆されているとおり、東日本大震災の消えない記憶が揺曳(ルビ:ようえい)していることでしょう。
 いがらしみきおはエッセー集『ものみな過去にありて』のなかで宮城県沖地震で死にかかった経験を語っていますが、この「大地震」という文章が書かれたのは、2010年3月11日でした! 『ものみな過去にありて』の連載が終わったのも、「東日本大震災の後に書くことなどあるわけがなかったのですから」と記しています。『ぼのぼの』第41巻に至って、震災の後にようやく書いておくべきことが見つかったのかもしれません。
 冒頭のさりげないエピソードが最終ページできちんと伏線として回収される構成も見事で、感嘆させられました。

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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