遠山正道は 『ケシゴムライフ』から 作家と編集者の強い「個人の引力」を感じた

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遠山正道は 『ケシゴムライフ』から 作家と編集者の強い「個人の引力」を感じた

[レビュアー] 遠山正道(実業家)

遠山正道
遠山正道

 手にしたときは、正直、ファンシーな絵のタッチも、ページを開いたときに置かれていた言葉も、好みのモノではなかった。きっと、リアルな体験ではなく、既にどこかで見たイメージを空想しながらフワリとなぞっていくようなそんなものかな、と想像しながら、でもコルク佐渡島くんから進呈された、コルクが推す新人、とのことで更に読み進めると、割と早い段階で落涙した。どういうこっちゃわたし。
『ケシゴムライフ』は、会社行く前の、そんなに余裕のない中での朝風呂で、読んだ。没入するには一番よい環境であり、その日常性や湯気の感じも、なにかその作品と重なって、落涙も誰にも憚ることないし、おかげで良いひと時となってしまった。
 ポエティックな言葉をなぞるだけ、では全然なくて、やがて共有することになる心の中身がパクパクしてくるような、そういえばこういう感覚って中学生か高校生の頃に経験していたパクパクを引っ張り出されるような、そんなことへの道筋がしっかりあって。ちょっと見返してみると、無駄なコマやいらない言葉が一つも見当たらないような、実はとても丁寧な道筋で、そしてちゃんとあるべきところに連れて行ってくれる。
 コルクの佐渡島くんは、灘高、東大文学部を経て、講談社モーニング編集部で『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』などを育てた辣腕編集者であり、独立して日本では珍しい作家のエージェント会社コルクを設立した編集者であり経営者である。簡単に言えば、作家を見出し育て作品を世に送り出しファンを多く獲得し広く作品と魅力を流通させることを使命としているのだろう。そして彼らはそこにITやSNSやら従来紙媒体では苦手であった手段を積極的に取り込みながら新たな広げ方を模索、実践しているのである。
 そうなってくると、この『ケシゴムライフ』という作品だけでなく、羽賀翔一という新人作家自身にも興味がわいてくる。どんな経緯で彼らは出会い、どんな戦略で、どんな苦労をしながら、彼らが立てたどんな仮説をモノにしていくのだろうか、と。
本のあとがきを読むと、初めて投稿したマンガで新人賞を取り天狗になってから、想像はしていなかったがあるべき下積み生活を重ねて、ようやくこの単行本ができたと。そして日本で初めて多くの投資を集めて(きっとクラウドファンディング)でこの単行本が出来たというので、もうやはり普通ではない。
 私は最近「個人の引力」という言葉を繰り返す。サラリーマン集団ではなく個人の技術や企画、魅力、腹決めが鋭く刺さる時代。私の周辺では森岡書店や檸檬ホテル。檸檬ホテルの酒井支配人はシェフだったので、実際に振舞うことが強みになっている。
 だから思う。編集者やシェフやマンガ家のように、自分に技術がある人が、請負業ではなく自営で、周りのネット環境や流通の仕組、ブランディングの意識などを組立て駆使し、自ら戦うファイターとして立上がれば、小さくとも独自の世界を自ら拓いていける時代なのだろうと。

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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