豊崎由美は 閻連科の『年月日』を読んで 未曾有の感動に唇を震わせる

レビュー

7
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年月日

『年月日』

著者
閻連科 [著]/谷川 毅 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560095317
発売日
2016/11/11
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

豊崎由美は 閻連科の『年月日』を読んで 未曾有の感動に唇を震わせる

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

豊崎由美
豊崎由美

 小説は大八車に乗せられていて、両輪を担うのが作家と批評家。前で引っぱるのが版元や担当編集者。書評家は読者や書店員と一緒に後ろから押す係と考えているわたしは、なので、素晴らしい内容なのに坂道で前に進むのに苦労している作品を、なるべく紹介していきたいと考えている次第です。
 それゆえの海外文学贔屓。とりわけ非英米作品。目はふたつ、脳はひとつなので、もちろん数は限られてしまいますが、どんな書評家よりも非英米作品の紹介をしてきたという自負があります。というわけで、今回お届けするのは中国の作家・閻連科。今年は9月と11月に来日し、大学や書店で精力的に講演を行ったので、肉声に触れた方も多いのではないでしょうか。
 政府の売血政策によって100万人ものHIV感染者を出した河南省の実話を下敷きに、エイズ村の悲惨なありさまを死者である少年の声を借りて語るというファンタジックな手法で描いた『丁庄の夢』をはじめ、政府から発禁処分をくらった作品が多い一方で、国内の主要文学賞を立て続けに受賞したり、2014年には村上春樹に続いてアジアでは2人目となるフランツ・カフカ賞を授与されている作家。中国では賛否両論巻き起こした『愉楽』も、日本では第5回Twitter文学賞海外部門1位(ツイッターをやっている人なら誰でも投票できる)に輝きました。
 実際、わたしも1票を投じたこの『愉楽』という小説の独自性と面白さは半端じゃありません。物語の発端は、県長の柳が考えた、レーニンの遺体を購入して記念館を建てるという観光事業。その資金集めのために目をつけたのが、身体の障害を補うかのように、各々が異能を有する受活村の住人たちだったんです。彼らで絶技団を結成し、中国全土で興行して荒稼ぎしようという柳県長のもくろみは見事に当たったのですが――。
『丁庄の夢』や『愉楽』のような問題作により、メディアには「過激な作家」「批判し、批判される作家」と評されがちな閻連科ですが、どの小説の奥底にも、人間に対する深い信頼感と自然への畏怖心が横たわっています。それがはっきりわかるのが『年月日』。 主人公は、大日照りで畑が枯れ果て、住人たちが出ていってしまった村に、たった1本だけ芽吹いたトウモロコシの苗を守るため残った72歳の〈先じい〉。自分と相棒の盲目犬メナシの小便をまいてやり、わずかな食糧とトウモロコシを守るためにネズミと知恵比べをし、村の井戸が涸れれば山の奥に分け入り、谷で見つけた小さな池から水を運び、その帰りに遭遇した狼の一群と戦い――。
 どんな困難が立ちふさがっても心折れることなく、ギラギラ照りつける太陽に鞭をふるって反骨心を示す先じいのガッツが胸を打つのはもちろん、メナシとの、互いを信頼しあい、慈しみあっている関係が全世界のケモノバカのハートを鷲づかみすること間違いなし! 142ページと143ページで未曾有の感動に唇を震わせること必至! この1作でとことん優しい閻連科と出会って下さい。

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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