教科書から発見、大人の新しい学び 『こんなに変わった歴史教科書』ほか

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  • 教科書で読む名作 セメント樽の中の手紙ほかプロレタリア文学
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「教科書」から発見 大人の新しい学び

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 教科書に収録された名作を集めたアンソロジーのなかでも葉山嘉樹ほか『教科書で読む名作 セメント樽の中の手紙ほか プロレタリア文学』は尖っている。なにせ作者の半数以上が入獄経験者だ。表題作はわずか七ページの短さなのに、一度読んだら忘れられない。労働者がセメント樽の中から発見した箱に恋人を亡くした女工の手紙が入っていたという話だ。恋人の悲惨すぎる死の顛末をどこか夢見るように語る手紙が恐ろしい。十代のころに読んでいたらきっとホラー小説として魅了されただろう。大人になった今は、手紙を読んだあと〈へべれけに酔っぱらいてえなあ。そうして何もかもぶち壊してみてえなあ〉と怒鳴る主人公に共感をおぼえる。

 母親が定価よりも安い独楽の紐を子供に買い与えたことが悲劇を招く「二銭銅貨」(黒島伝治)など、他の収録作もよくぞ教科書に載せたなと感心するほど、過酷な現実に対峙した人間が味わう苦痛や悲嘆を生々しく描いている。政治運動の宣伝を目的として書かれた作品であっても、本書に収録された評論で芥川龍之介が書いているとおり〈いいものはいい〉。

 教科書は普遍的な価値を持つ作品や知識を子供たちに伝えるものだが、より正確性を高めるために変えなければいけないところもある。山本博文ほか『こんなに変わった歴史教科書』(新潮文庫)は昭和と平成の中学校歴史教科書を比較して、更新のポイントを解説した一冊。教科書の短い記述にいかに専門家の研究成果が凝縮されているのかわかり、最近話題になった聖徳太子問題についても概観がつかめる。

 学校の教科書ではないけれども未知の世界へ誘ってくれるのが松原始カラスの教科書』(講談社文庫)。長年カラスを追いかけてきた動物行動学者が、身近でありながらほとんど知られていない鳥の生態をユーモアに満ちた語り口で教えてくれる入門書だ。マヨネーズが好きだとか、離婚率が低いとか、目からウロコのカラス雑学が満載。大人になっても新しいことを学ぶのは楽しい。

新潮社 週刊新潮
2017年4月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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