使い方いろいろ キリスト教辞・事典 徹底比較!! 山本芳久×阿部善彦 対談

対談・鼎談

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使い方いろいろ キリスト教辞・事典 徹底比較!! 山本芳久×阿部善彦 対談


教文館で収録した対談の様子

 このほど、教文館から2冊のキリスト教辞(事)典が相次いで発刊された。『旧約新約聖書神学事典』と『オックスフォード キリスト教辞典』。いずれも聖書に留まらず、歴史、哲学、思想、文学、美術など、あらゆる分野の知的好奇心に応えられる内容になっている。一見どれも同じように見える辞典だが、それぞれに個性があり、用途にも違いがあるのが魅力の一つ。今回はそれぞれの研究分野で、日常的に辞典を駆使してきた山本芳久、阿部善彦の両氏に、最新の情報を盛り込んだ代表的な辞(事)典4冊を観点別で評価してもらった。その深遠な世界に触れると、誰もがキリスト教の新たな一面を発見できるに違いない。

正確な情報を過不足なく

山本 『オックスフォード キリスト教辞典』(以下、『オックスフォード』)は、項目一つひとつの説明が簡潔です。詳しくありませんが、手堅く多くの項目を網羅しています。専門家が調べるというよりは、手堅いことを引けるという印象です。一般の人が、分からない言葉を引く時に過不足なく情報が得られるのが特徴だと思います。

阿部 わたしの専門である中世ドイツの神学者マイスター・エックハルトの記述も読んでみました。彼はさまざまな先入観が入りやすい人物なんですが、『オックスフォード』の記述にはそういう偏った見方がありません。彼のことを「神秘主義者」と規定していない点も、細かな部分ですがとても大事なことです。これは近年のエックハルト研究の成果をしっかりつかんでいないとできないことで、多くの辞典ではいまだに「神秘主義者」などと書かれたままになっています。

山本 歴代カンタベリー大主教の一覧が載っているのも特徴的ですよね。

阿部 確かにそうですね。英語圏の辞典ですので、アングリカン(英国国教会)や英国に関する項目については重視されています。教会史的な解説も充実していて、良い辞典だと思います。典礼の言葉や、日常的に使われるラテン語の意味などの項目があるのも重要ですね。

山本 英語辞典をはじめ多数の事典を刊行しているオックスフォード大学出版会の事典シリーズの一つなので、専門的な記述が為されているというよりは言葉の意味を正確に説明する辞典としての色彩が強いと思います。
 もう一つの特徴は、イスラム過激派に関する記述など、現代の情勢を知る上で必要な情報も網羅されています。「日本のキリスト教」の隣のページには「ニュージーランドのキリスト教」がありますし、かなり教派や地域を横断して正確に知ることができます。深く掘り下げてはいませんが、正確に必要不可欠な情報を知ることができるという面では、汎用性が高いと思います。

辞典には個性がある

阿部 『岩波キリスト教辞典』(以下、『岩波』)はわたしたちの大先輩である宮本久雄先生たちが中心に作られた辞典で、宮本先生からは、企画段階からかなり入念に準備され苦心されたと伝え聞いています。

山本 この手の小さい辞典で、東方のキリスト教について知ることができるものはありませんでしたから、とても重宝されてきました。


阿部善彦さん

阿部 美術史や音楽史の記述が充実していています。キリスト教的なバックグラウンドなしに宗教芸術に向き合う人にとっては、貴重な資料ですね。図版も豊富だと思います。
 翻訳者にとっても参考になります。『なんでもわかるキリスト教大事典』(朝日新聞出版)を書かれた八木谷涼子さんも、もともとは翻訳家の疑問に答えようとしたのが契機だったそうです。辞典の編纂で課題になるのは、やはり日本語訳の確定ですね。英語の辞典は英語表記ですが、それをただカタカナに置き換えればよいというものではありません。日本語として通じる標準的な訳語を定着させるということも、辞典の大きな役割の一つです。ただ、地名や人名の表記は難しいです。英語ならJohn(ジョン)ですが、日本では通常、「福音書記者ヨハネ」「ジョン・ヘンリー・ニューマン」というように使い分けますね。しかも、カタカナだけで覚えても通用しない。「イ・エ・ス」と言っても日本でしか通じませんからね(笑)。

山本 『岩波』は、言葉の選び方がかなり特徴的ですよね。例えば、「持っている人はさらに与えられ、持っていない人は持っているものまでも取り上げられるであろう」という項目があります。確かに聖書の中では気になる言葉なのですが、それが一項目として取り上げられるというのは、普通の辞典ではなかなかないことですよね。
 書き手の個性も出ていて、独自の説明がなされている印象があります。執筆者の名前が項目ごとに書いてあるのもありがたいですね。それぞれの書かれた論文を探してみるなど、より詳しく調べるための重要な手掛かりになります。翻訳された辞典でも、執筆者や参考文献が項目ごとにあるものとないものがあります。
 有名な話ですが、四方田犬彦さんが「デビルマン」の項目を執筆していたり……。どの項目も説明がおもしろい。

阿部 そうだったんですか! 初めて知りました。

山本 事典としての完成度が高いと思っているのは、『新カトリック大事典』(以下、『新カトリック』)です。プロテスタントでもこのレベルの事典が出たらすごいですよね。ユダヤ教やイスラム教に関してもここまで本格的な日本語の事典が刊行されれば、一神教についての理解もずいぶんと深まってくるのではないかと思います。

阿部 そうですね。まずは項目を絞るところから始めて執筆を依頼し、校正、編集を経て、事実関係を確認して、第1巻刊行まででおよそ20年かかっています。第四巻まではさらに13年かかりました。当然、カトリックの中だけでなく、日本の研究者、専門家を集めて総がかり的に編纂しているので、ある意味エキュメニカルな側面があります。


山本芳久さん

山本 ルターの項目をルター研究の第一人者である徳善義和さんが書いているのですが、カトリックの側から見たルターではなく、それぞれの立場で専門家が書いていて内容が充実しています。わたしの専門であるトマス・アクィナスの項は稲垣良典さんが書かれています。彼はトマスの評伝を3冊ほど書いていますが、この事典の項目が体系的な説明として最も完成度が高いですね。ただ気軽に調べるだけでなく、専門家が読んでも新たな発見があります。
 日本語の事典で最も情報量が多いのは『新カトリック』でしょうね。以前、岩下壮一の『信仰の遺産』(岩波文庫)に詳しい注釈を付ける際に、歴史上の人物を調べる必要があったのですが、この『新カトリック』と『世界人名大事典』(岩波書店)で、ほぼ網羅できて助かりました。

阿部 大きな事典を読む目的は、ただ各事項を確認したいというだけではないでしょう。多くの場合、各項目はその道の第一人者によって書かれますから、最新の知見を踏まえた解説や研究情報を得ることができます。その点、『新カトリック』は読んで勉強になるという側面は大きいですね。重要な思想家や事柄については日々アップデートされていきますから、新しく出る事典の記述を追うだけで多くの情報を得ることができます。大規模な事典のメリットは、第一人者の手による、その時点での新しい情報や、まとまった知識をコンパクトに得られるという点です。であるからこそ、こうした大規模な事典が絶えず新たに企画・編纂されることも大切です。

山本 日本語で書かれたものの読みやすさもありますね。過去に出された大きい辞書で、翻訳ベースのものは長文だと読みにくかったので……。それから、ギリシャ語、ラテン語、英、独、仏と、項目の冒頭に原語が示されているのも便利です。
 ただ、やはり普通の読者にとって使いやすいかというと……。

阿部 持ち歩けないですから(笑)。ただ、最近はオンラインでの利用も可能となっているようです。

山本 これを買って読むのは一般信徒ではないでしょうね。カトリック的な項目を集めた辞典ではありますが、イタリア文学の項を須賀敦子さんが書いていたり、政治、経済、文学に至るまで幅広い項目があります。それだけに、「カトリック」という名前がついているのを見て、狭い意味でのカトリック教会のことについてしか書かれていない事典という印象を持ってしまう人が出てきてしまっているのは、仕方がないことですが、残念なことでもあります。

山本芳久 やまもと・よしひさ 東京大学大学院総合文化研究科准教授。1973年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科(哲学専門分野)博士課程修了。中世最大の思想家トマス・アクィナスを軸に、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の比較神学的・比較哲学的考察を進める。著書に『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)などがある。

阿部善彦 あべ・よしひこ 立教大学文学部キリスト教学科准教授。1980年生まれ。上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士課程修了。中世ヨーロッパのキリスト教思想史を専門とし、キリスト教史・教会史も研究している。論文に「エックハルトにおける「一」―“unum, ut iam saepe dictum est, appropriatur patri”(In Io, n. 549)―」(『パトリスティカ』第20号)などがある。

キリスト新聞
2017年4月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

キリスト新聞社

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