『裁判の非情と人情』 原田國男著

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裁判の非情と人情

『裁判の非情と人情』

著者
原田 國男 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004316466
価格
821円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『裁判の非情と人情』 原田國男著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

花も実もある法廷世界

 被告人の妻への証人尋問を終えるにあたって、ふと誰も尋ねていないある事柄に気づいた。裁判長は妻に「被告人が刑を終えて出所するときまで被告人を待つか」と尋ねた。妻は「待つ」とはっきり証言した。

 証人尋問後、被告人から手紙が来た。自分は何度も妻と接見したが恐ろしくて聞けなかった。妻が待つといってくれ感謝すると。被告人は必ず妻の力で立ち直ると感じたが、原田國男裁判長は反省する。もし「待たない」と答えたら、被告人には地獄だったろう。あまり考えずに尋問するものではないのかもしれない。

 刑事裁判では判決の言い渡しの後に「訓戒」することができる。原田裁判官も若い頃は一生懸命、訓戒した。しかし、いくら訓戒しても犯罪を繰り返す人間は繰り返す。単なる自己満足にすぎないと思うようになった。でも考えを改める。100人のうち一人でも再犯を思いとどまれば大きな価値があるのではないか。

 この書には、峻厳(しゅんげん)なるイメージの裁判とは対極の、迷い、逡巡(しゅんじゅん)する人間味あふれる世界がある。花も実もある裁判論なのである。

 原田さんは大きな事件の公判の前日には、『海鳴り』や『玄鳥』など藤沢周平作品を読んだという。心が浄化され、落ち着いた心境になるからだ。理屈だけの薄っぺらな裁判官になってはいけないと思ったからだ。

 原田裁判官は20件以上の無罪判決を出した。その中で真っ白と思った例は少ない。「灰色無罪」なのだ。けしからんと思う人がいるかもしれない。しかし、刑事裁判に求められているのは、白か黒かの判断ではなく黒と判定できるかどうかなのだ。

 冤罪(えんざい)防止のための「三本の矢」の提案もそうだが、実にわかりやすく説いてくれている。

 今は亡き夏樹静子さんに『量刑』という小説がある。判決の決定プロセスを描きながら、人が人を裁くとはどういうことかを深く考えさせる傑作である。本書と併せ読むのもいいのかもしれない。

 ◇はらだ・くにお=1945年生まれ。元裁判官。長年刑事裁判に携わる。著書に『量刑判断の実際』など。

 岩波新書 760円

読売新聞
2017年4月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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