『諦めない女』刊行記念 桂望実インタビュー「愛情には表と裏がある」

インタビュー

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諦めない女

『諦めない女』

著者
桂望実 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911584
発売日
2017/04/17
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『諦めない女』刊行記念 桂望実インタビュー「愛情には表と裏がある」

[文] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)


桂望実さん

――この『諦めない女』は、大きなサプライズが用意されている作品ですね。今日はそのことには触れずにお話をお伺いできたらと思います。

桂 ありがとうございます。今は、発売日翌日にSNSなどでいわゆるネタバレがされてしまったりする世の中ですが、読者の方にはできれば、サプライズの部分に関してはまっさらな状態で読んでいただきたいと思っています。

――はい。私も、これから読む方には、私が得た驚きをぜひ生のまま味わっていただきたいです。

『諦めない女』は、『嫌な女』、『我慢ならない女』に続く「女シリーズ」第三弾ですね。タイトルは最初から決められていたのですか?

桂 今回は早めに決まっていました。いつもはなかなかタイトルが付けられず、原稿を書き終えてから担当編集者と相談するのですが、この作品は『諦めない女』と、初めに仮の題名を付けて書き始めました。編集者とやりとりする際に何かしらの通称がないと不便なので、とりあえずという感じで。でも、単行本にするとき、再考してもこれ以外のタイトルは思いつきませんでしたね。

――物語は、フリーライターの飯塚桃子が、2004年に6歳の女児が失踪した事件の当事者たちにインタビューを重ねていくという内容です。桃子は35歳独身、30m2のアパートに住んでいて貯金はゼロ。仕事にあぶれつつある彼女は、一発逆転、一獲千金を狙って、世間の注目を集めている事件のノンフィクションを書こうと目論みます。桂さんもライターのお仕事をされていたことがあるそうですが、当時の経験が桃子というキャラクターに反映されていますか?

桂 桃子が「1つの質問に対する答えが二十分後だったりする」相手に対して「もう少しチャチャッと話して貰えると、こっちは助かるんだけど」と思う場面などに、その頃の気持ちが多少は入っています。ただ、私は情報雑誌の記事を書いていたので「一発当ててやろう」というような野心はなく、次から次へと来る仕事をとにかくこなすことで精いっぱいでした。なので、そういう点では違いますが……あ、でも、当時は29m2の部屋に住んでいましたから、部屋の広さに関しては近いですね(笑)。

――桃子は、失踪した小倉沙恵の父母・慎吾と京子や、慎吾の両親、沙恵の担任教師、京子の姉、子を失った親の会の主宰者などに話を聞いていきます。物語全体を通して二十人近くの人物が語りますが、書き分けるのは大変でしたか。

桂 実はあまり苦労はなかったんです。ひとりひとり、最初からある程度の形ができていて、書きながら少しずつ細かい部分の肉付けをしていきました。登場人物が少ない小説を書くときは、キャラクター造形に必要なさまざまな要素を繊細に慎重に厳選して作り上げるんですが、十何人もいれば、多少でこぼこしていても面白く読んでもらえるのではないかと思い、マスコミ大好きの出たがりの人とか、妙なところにこだわりを持つ人とか、バリエーションをつけられました。

 キャラクターの言動については「この人の性格だったら、こういう言葉を使うのでは」と幾つかパターンを考え、頭の中でまず彼らを動かしてみます。すると勝手に演技を始めるようなときもあって、その動きを私が追いかけてテキストをタイプするということもあります。その作業をしているときの私の立場は、言ってみれば演出家ですね。役者に台詞を与えて舞台に立たせてみたら、意外とそれが演者に合っていて、自分なりに役柄の持つ意味を噛み砕き、自然な演技をする。そのままカメラを回しておいて、オッケーを出すこともあるし、先走り過ぎているなと思ったら、また違う演技をさせてみる……そんな風に作っていきます。

――彼らの中で、最も印象に残るのは沙恵の母・京子です。沙恵がいなくなったのは、京子がスーパーで買い忘れた牛乳を買っていた、ほんのわずかの間でした。京子は強い自責の念に苛まれながら、沙恵を必死に探します。

桂 彼女は、こんな事件が起きなければ、ごく普通のお母さん、いい奥さんとして平穏に暮らしていたに違いないんですよね。夫の慎吾は証券マンで、住まいはタワーマンション。比較的裕福な生活を享受している主婦だったのに、事件によってすべてが変わってしまいます。夫と気持ちが離れ、どんどん孤立してゆく。

 京子の姉の舞子が、京子について「どちらかというと自分に自信がなくて、他の人と同じだと安心する子だった」と分析していますが、一人娘がいなくなったことで、京子の中に初めて自我が芽生えた。なんとしてでも娘を探すのだという使命感が生まれ、猪突猛進的な行動をとるようになります。居ても立っても居られない気持ちが彼女にそうさせるわけですが、その行動が孕む危うさや、普通の人が見せる狂気のようなものも描きたかったです。


「これから読む方には、私が得た驚きをぜひ生のまま味わっていただきたいです」

――京子が、沙恵の担任だった教師に「毎朝私はとても気持ちよく起きるんです。娘が今日帰って来るように思うからです。諦めませんよ、母親ですから」と告げる場面など、鬼気迫るものを感じました。

桂 親子、家族のみならず、男女関係や友情も含めて、愛情にはどれも表と裏があると思うんです。何事も起きなければ、ずっと表の方だけを見て、あるいは見せ続けて生きていけるのかもしれない。でも、悲劇が起きたことで、愛情がパタンとひっくりかえって裏側の面を見せたとき、そこに思いがけない怖さが潜んでいたということも、描きたかったことのひとつです。

――桃子は、ノンフィクションに初めてチャレンジするという設定です。京子をはじめとする人たちに同情し、事件の詳細を世の中に伝えたいという職業意識よりも、「この本を書き上げて売って、お金を得たい」という野望の方が強い。インタビューで聞き出した数々のエピソードに対して「すっげえ」とか「リアル感ゼロ過ぎ」など、どこか野次馬的な感想を内心で抱いているのが、なんとも正直というか、私たちがテレビのワイドショーを見ているときの呟きのようで、とても普通の感覚だなと思いました。

桂 事件に対して、一般の人に近い反応をする存在がひとりは欲しかったんです。そうでないと、特殊な事件に巻き込まれた特殊な人たちだけの話になり、読者との距離が開いてしまう。野心はあるけれどベテランではない桃子は、ときどき失礼極まりない、踏み込み過ぎじゃないかとも思える質問をしたりしますが、それは桃子のキャラクターだから成り立つわけです。私たちがテレビでワイドショーを見ているときに出る呟きや突っ込みに似たリアクションを桃子がすることで、「事件を他人事として眺める人」の視線を盛り込めたのではないかと思っています。

――桃子がインタビューをしているのは、事件から12年後の2016年です。この12年間のことを当事者たちに話してもらっているという展開の中で、沙恵は戻って来たのかそうでないのかを明かさずに書いていくのは、かなり難しかったのではないかと思うのですが。

桂 難しかったです! 最初、物語のプロット(あらすじ)を出したとき、編集者に「それは成功すればすごく面白い作品になるんじゃないですか。大変だろうと思いますが」と言われたんです。ところが私は「大変だろうと思いますが」という部分をスルーしていたんですよ。プロットを考えるとき、私はいつも「その小説を自分が書く」という事実を脇に置いて、物語として面白いかどうかということを優先してしまうので、いざ書き始めて「あっ、どうしよう」ってなるんです。編集者ももっとしつこく「大丈夫ですか?」って念押ししてくれればよかったのに、なんて八つ当たり的なことを考えたりもしました(笑)。

 桃子はノンフィクションの取材に慣れていないので、本来ならばしなければならない、肝心な質問をしていなかったりする。その未熟さが結果的に事件の結末を隠しているという風に仕立てているのですが、「ここ、どうやって書いたらいいんだろう、書けないかもしれない」と思う場面もありました。じゃあ筋立てを変えようか、となると、やはり最初のアイディアのほうが面白い。物語のつじつまが合うように、細部のズレがないように、書いては直し、書いては直ししていました。一か所記述を変えると、遡っていくつもの部分を変えなければならないんですよね。針の穴に糸を通し続けているような感覚をずっと味わっていました。私はいくつかの作品を並行して手掛けることができない、一作入魂タイプなんですが、書き上げるまでに予想外の時間がかかりました。

――どのくらいかかったのですか。

桂 1年くらいです。箱根駅伝にたとえると、往路の5区あたりを走っている時間が長かったですね。往路が執筆、復路が推敲です。基本的に、どの作品も往路よりは復路のほうがラクですが、この『諦めない女』は、推敲もかなり注意深くやらなければならなかったので、神経も使いました。

――ラストは、意外にも、と言っていいのか、力強さの感じられる終わり方になっていてほっとしました。

桂 実は執筆しながら「最後、どうなるんだろう?」と思っていました。ラストシーンに登場させる人物は決めていたものの、着地点の詳細は決めていなかったんです。でも、書いているうちにその人物が動いてくれたんですよね。彼女たちから話を聞いて、心で会話しながら書いていったという感じでした。

 読者を落ち込ませて放り出すのではなく、光の見えている終わり方にしたいといつも思っています。この『諦めない女』も、問題が全部解決しているわけではないけれど、本を閉じるときに、明るい兆し、光の筋のようなものは感じ取っていただけるのではないかと思います。

光文社 小説宝石
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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