日常の中の不思議――『万次郎茶屋』刊行エッセイ 中島たい子

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万次郎茶屋

『万次郎茶屋』

著者
中島たい子 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911621
発売日
2017/04/17
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

日常の中の不思議――『万次郎茶屋』刊行エッセイ 中島たい子

[レビュアー] 中島たい子

諸事情で仕事場を移すことになり、部屋を探すため吉祥寺の不動産屋に入ったら、

「漫画家さんですか?」

 まだ何も話してないのに言われた。漫画家な顔をしているのか、手に修正液でも付いてたか。

「に、近いです」

 と、こちらも返したけれど。

 新しい仕事場で無事最終話を書き上げ、二冊目の短編集『万次郎茶屋』が上梓された。帯には「すこし不思議」と、今回も銘打った。故藤子・F・不二雄氏が、「ぼくの描くSFは、すこしふしぎのSFです」と語ったことから、それは「日常の中にある、ちょっとした非日常(不思議)を描くジャンル」を指す言葉にもなっている。まさに『ドラえもん』の世界だが、そのSF感が私も好きで、自分も「すこし不思議」を短編小説でやっているつもりだ。F氏が、やや大人向けの異色短編を描いていたことも有名だが、それにも近いかもしれない。短編小説は、漫画の「読み切り」に構成や密度の感じもよく似ていると、書いていて思う。なんとなく不思議で、心に残る読み切り作品というものが、昔はよくあった。

 そのような一話完結の昭和的な漫画が減っていくように、漫画家が多く住むという吉祥寺からも、昭和的な風景が日ごとに消えていく。幼い頃の記憶にある吉祥寺の町には、カランコロンカラン、と扉を開けて入る喫茶店があり、中は妙に暗かった。日常の中に、違和感なく、非日常があった。

 子供にとって非日常の代表であった「象のはな子」も、昨年、吉祥寺の小さな動物園の中で、ついに息をひきとった。その時に浮かんだ物語『万次郎茶屋』は、動物園の日陰者であるイノシシが、カフェを持つことを夢見る話だ。ささやかな非日常を語る、どこか昭和な短編に、珈琲の香りはよくあうと思う。カランコロン……と想いながら『万次郎茶屋』の扉を開けてもらえたら嬉しい。

光文社 小説宝石
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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