国家運営は大変!『あとは野となれ大和撫子』宮内悠介

レビュー

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あとは野となれ大和撫子

『あとは野となれ大和撫子』

著者
宮内, 悠介, 1979-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041033791
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

国家運営は大変!『あとは野となれ大和撫子』宮内悠介

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 久々に遠い国まで旅をした気分。現実ではなく、本の中でだ。宮内悠介の新作『あとは野となれ大和撫子』は中央アジアの小国、アラルスタンが舞台。架空の国の話といってもファンタジーではない。むしろ現代世界の問題を内包したリアリスティックな物語。が、シリアスな状況なのにコミカル。過去に芥川賞と直木賞、双方にノミネートされるなどボーダレスな作風を持つ著者が、エンタメ性を意識して書き切った長篇である。

 実際にも灌漑事業のために干上がってしまった湖、アラル海。そこにアラルスタンという国が出来たという設定だ。父親の赴任のために両親とこの地に住んでいた日本人のナツキは、紛争に巻き込まれ5歳で孤児になり、後宮に入って女性たちと一緒に暮らしてきた。二十歳になったある日、大統領が何者かに暗殺され、国家の危機に直面して政府の男たちは国外へ逃亡、議会はもぬけの殻に。そこでしぶしぶ立ち上がったのが、後宮の女たちだった。ナツキの8歳上のアイシャが大統領の権限を掌握、国家運営に乗り出す。

 国軍の男たち、イスラム原理主義の反政府組織、そして侵略を企む周辺諸国と渡り合っていくアイシャやナツキたち。まるで文化祭を企画しているかのように陽気で賑やか、物語は軽快に進む。ただ、その背景には実際のこの土地の複雑な歴史、宗教問題、環境問題など考えさせられる要素も盛りだくさん。この国の平均寿命や識字率まで細かく構築して世界観を作り上げた著者の力量にも感服。そしてなにより、もともとは地位も何も与えられていなかった女性たちが活き活きと動き回る姿がなんとも痛快だ。現実と照らし合わせて考えさせられる点は多々あるが、そんなことよりとにかく、ひたすら面白い。この著者の魅力の増幅を実感させられる。

光文社 小説宝石
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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