人間味あふれる、新たな源為朝像
[レビュアー] 図書新聞
『南総里見八犬伝』で有名な曲亭馬琴のもう一つの代表作、『椿説弓張月』全二十八巻。本書はその伝奇ロマンを文化勲章作家・平岩弓枝が一冊にまとめた〈小説〉であるが、単なるダイジェスト版ではない。著者は馬琴の「勧善懲悪」の思想で統一された強固な世界観を崩すことなく、親しみやすい平易な文体で読者層を大幅に広げ、さらに細かいエピソードを省略することでスピーディな展開をもたらしている。そして、その生涯ゆえに数々の伝説を生み出した悲劇の英雄・源為朝に対して、人間味あふれる温かさ・優しさを強調させたのである。これは時代小説家、脚本家として長年活躍し続けた著者だからこそ作り出せた新たな鎮西八郎為朝像だ。その魅力を奇想天外な〈小説〉の中でぜひ感じとってほしい。(4・1刊、三八四頁・本体六三〇円・新潮文庫)