【文庫双六】SFガイドの次は世界文学ガイド!――野崎歓

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

【文庫双六】SFガイドの次は世界文学ガイド!――野崎歓

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 大森望の瞠目のSFガイドに続き、こちらは世界文学の強力ガイドブックである。ただし並んでいるのは、だれでも題名は聞いたことのある名作ばかりだ。

 とはいえ案内役がストーリーテラーとして抜群の才を誇ったモームだから、実に面白い読み物になっている。最初に置かれた「小説とは何か」がまず、痛快なエンターテインメント小説宣言だ。どんな名作であれ、読んで楽しくなければ読者にとっては何の意味もない。そうした信念に基づき、モームは20世紀文学の聖典とあがめられる、プルーストの大長編『失われた時を求めて』に一太刀を振るう。

「とりとめもない瞑想に耽るばか長い部分」はもはや読むに値しない。取っ払ったほうがずっと傑作になるというのだ。畏れ多い話だが、しかしモームによれば飛ばし読みの才能というのも大切なのである。

 ということは、どうしても時間のない向きはこの長編評論を盛大に飛ばし読みしたって許されるだろう。いきなり「結び」を読むのも一興かもしれない。それは何と、十大作家たちがそろい踏みした豪華パーティーの記録になっている。

 ドストエフスキーはトルストイの偉そうな態度に気を悪くし、エミリー・ブロンテに話しかけようとするが逃げられる。ジェーン・オースティンは、家庭教師然としたエミリーの垢ぬけない格好や、太っちょのスタンダールの醜男ぶりをしげしげと観察する。ディケンズはスタンダール、バルザック、フローベールと会話を試みるが、彼らのあけすけな打ち明け話に呆れ返る。そんな彼のイギリス的なお上品ぶりをフランス人三巨匠は冷やかす。

 もちろんすべてはモームの想像によるものなのだが、偉大なる作家たちの遭遇の瞬間に立ち会ったかのような興奮を覚えてしまう。いや、作品がいくら凄くたって、生身の作家は偉大でも何でもないただの人ですよ。パーティーを終えて、モームはそうウィンクするのである。

新潮社 週刊新潮
2017年4月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク