又吉直樹 恋愛がわからないからこそ、書きたかった〈『劇場』刊行記念インタビュー〉

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劇場

『劇場』

著者
又吉 直樹 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103509516
発売日
2017/05/11
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

又吉直樹 恋愛がわからないからこそ、書きたかった〈『劇場』刊行記念インタビュー〉

恋愛がわからないからこそ、書きたかった

 スポーツ番組でご一緒している中畑清さんが「今度書いたの、恋愛小説なんだろ?」「おまえ、結婚もしてないくせに」とおっしゃっていて、「ほんまにそうやな」って(笑)。でも、恋愛小説は、恋愛がうまい人だけが書くものでもなくて、わからんから書く部分もあると思うんです。

 恋愛って何なのか、いまだに僕はよくわかっていないんですよね。一見シンプルなようで複雑な構造で。実際うまくいってないから結婚してないわけで、だからと言って、ほっとかれへんというか、どうでもいいわ、とも思えないんでね。

 自分が生まれ育ってきたことを振り返ると、両親がいるわけじゃないですか。両親が恋愛したかどうかはわからないですけど結婚して、そういう男女の関係性の上で僕が存在しているんで。やっぱり重要な永遠のテーマで、子供の頃から常に関心がある三つのことのうちのひとつに入っているのかなと思います。

 主人公の永田は沙希と出会って、彼女の存在に救われるんですけど、彼が演劇にのめりこんでいくにつれて、沙希との関係がどんどん変化していきます。「人間が変化する」というのも、僕がずっと気になっていることのひとつです。よくいつまでも変わらないと言われる人がいますけど、そこには覚悟や大きな意志が働いていると思うんです。人間って、普通は絶対変わるんで。いろんな影響を受けたり歳をとったり、そもそも世界自体が変わっていくから、自然にしていたら、そこに混ざる自分の色も一緒に変わっていくんです。

 恋愛の場合、自分が変わるだけじゃなくて相手も同じように変わっていくので、戻したくても、もう戻られへんことがあって、最初はふたりとも黄色だったのに、どんどんいろんな色が混ざってきて、わけわからん状態になることって、けっこうあるじゃないですか。それが書けたのは、やっぱり小説というあれだけ長い文章だからこそだと思います。

10代のとき書いた、幻の小説

 時間の流れや感じ方も、人によって全然違いますよね。みんな、これから先どうなるかは気にするけれど、すでに起こったことは、もう過去のことやからって、わりと割り切れるじゃないですか。僕は過去だからといって、なんかほっとかれへんというか。

 物事を判断する時も、今こうして36歳の僕がバトンを渡されているので、この僕に決定権があるんだけど、20代の頃だったら、全然違うジャッジをくだすかもしれなくて、この今の僕の一存で決めていいのかという迷いもあるんです。もしかしたら、20代の僕のほうが判断力が上だった可能性もあるじゃないですか。時間の経過と成長が一緒にあるというのを、いまいち信用できないところがあって。若い頃かっこよかったのに、おっさんになってダサいな、と思う人がいるように、自分がそうじゃないとは言いきれへんから。だから昔の自分が決めたことを、今の僕が簡単にやめてしまうのはどうなのかな、と思ったりもします。

 20代の下積み時代はとにかく時間があって、ひとつのことをずっと考えていられたから、僕にとっては必要な時間でしたね。当時は遊ぶ相手もいなくて、ひとりでずっと歩いているみたいな日常で、それがよかったんかなって。

 僕、ずっと小説は書けません、と言い続けてきたんですけど、なぜかというと、18、19の時に、百冊くらい本を読んできたし、小説一本くらい書けるかなと思って、原稿用紙になんとなく頭に浮かんだ物語を書き始めたら、全然書けなかったんです。それで「小説って難しいんやな」と思って、また本に戻ると、「書き出しってこんなに美しいんや」「会話のあとはこうやって地の文に戻るんや」って発見があって、読書がさらに面白くなって、これはもうとんでもない人たちの世界だから、自分は読む側に回ろうと決めた、という。

 その書きかけの原稿がこの間、引っ越しをした時に出てきて読み返してみたら、まったく覚えてなかったんですけど、今回の『劇場』と『火花』を足したみたいな設定だったんです。それでちょっと笑ってしまって。その頃の僕は、まだ上京したてで何も経験していなくて、想像で書いている部分が大きいはずなのに、不思議やなあって。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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