又吉直樹 恋愛がわからないからこそ、書きたかった〈『劇場』刊行記念インタビュー〉

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劇場

『劇場』

著者
又吉 直樹 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103509516
発売日
2017/05/11
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

又吉直樹 恋愛がわからないからこそ、書きたかった〈『劇場』刊行記念インタビュー〉

「書きたいこと」と「わかりやすさ」

 小説を書くのが難しいことは、理解していたほうだと思うんですけど、やっぱり小説って難しいですね。『火花』を書いて、「あ、こうやって小説って書くんや」という感触は確かにあったのに、今回『劇場』に向き合うなかで「あれ、どうやって書くんやったかな」と思うことは何回もありました。

「書きたいこと」と「わかりやすさ」のあいだで、どうやって書くか、ずっと考え続けていたような気がします。「新潮」みたいな文芸誌に載せていただく小説は、読者を意識しすぎるとよくないことは客観的にはわかるんです。僕も好きな作家さんには、読者を意識せず自分の書きたいことを全力で書いてもらいたいし、それを自分なりに楽しみたいので。

 ただ、自分が書き手にまわった時には、ムチャクチャ読者を意識したいんです。それはびびっているのとは真逆で、意識するほうが難しくなるから。自分の書きたいものを書いたうえで、なおかつ人に伝わるようにすることは、今回かなり意識して書いたつもりです。

 僕の情熱を伝えるだけなら、絵の具に手をつっこんで紙にバチンとぶつけて、「ここから僕の心を読みとってください」というのでもいいと思うんですけど、小説だから、文字と日本語を使っている以上、最大限伝えることから目をそらしたくないなって。そのへんを考え出すと、さらに大変になったというのはあるかもしれません。

『火花』が難しかったと言われて

 僕が読んできた本は、文体が工夫されているものが多かったので、『火花』のときも悩んだんですけど、編集者さんと話して、普通に書いて映像が浮かぶ文章も珍しいから、そのままでいいんじゃないかと言ってもらって、じゃあそのまま書こうと思ったんです。だから、『火花』では自分の思いをまっすぐ言葉にしたつもりだったのが、普段劇場に来てくれる方やテレビで応援してくださる方が読んで、ちょっと難しかったという反応を聞いて、少なからず僕は驚いたんです。自分では難しいと思って書いていなかったから。

 一方で、僕の好きな作家さんたちに「そういう声があって、気になっているんです」「せっかくお金出して買ってくれたのに、難しくてあまりわからなかったら、かわいそうやなと思っちゃうんです」と話したら、「『火花』はそんな簡単な話ではないかもしれないけど、言葉が複雑だったり難しいとは思わないし、そこまで合わせに行くとバランスを崩すから、気にしない方がいいよ」っていう声がほとんどで。

 その両者の意見を聞いて、「どうしたらいいんだろう」という思いはありましたね。そこには、僕が舞台に立ち続けてきたことも影響していると思うんです。たとえば、僕らのことをよく知っている100人くらいの人の前でやる場合は、自分の好きなひとりよがりなネタでも許されるんですけど、それが500人に広がっただけで、まったくウケなくなるんです。で、ウケないというのは傷つくんです。

 そこで、どうやったら楽しんでもらえるか、ずっと考えてきたので、だいぶ広い劇場に自分の小説を「今回これです」って持っていくときに、どうしようかなという思いは、正直ありました。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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