複雑な味の、美味しい小説〈柚木麻子『BUTTER』刊行記念インタビュー〉

インタビュー

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BUTTER

『BUTTER』

著者
柚木 麻子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103355328
発売日
2017/04/21
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

複雑な味の、美味しい小説〈柚木麻子『BUTTER』刊行記念インタビュー〉

柚木麻子さん
柚木麻子さん(写真:岡本あゆみ)

――小説新潮で連載をお願いしていた『BUTTER』が、ついに単行本になりました。タイトルはどこから発想されたのでしょうか?

 ちょうどこのお話を書き始めた二〇一四年の末頃に、バター不足がニュースになっていたんですよ。私はお料理が好きなんですが、料理、特に正統派のフレンチには大量のバターが不可欠です。ちょうどクリスマスにブッシュ・ド・ノエルを作ろうと思ったら店頭にバターがなくて、なんで牛乳はあるのにバターがないんだろう、とふとした疑問が湧きました。

 バターについて考えていたときにふと思い出したのが、『ちびくろ・さんぼ』という絵本のことでした。あのお話では、虎たちがぐるぐるまわって溶けてバターになってしまうんですが、最終的にはそのバターを、さんぼとその家族が美味しく食べてしまう。虎がバターになったのは一体誰が悪いのか、さんぼ一家は残酷なのか。小さい頃、少し気になっていたことが、今になって大きな疑問になりました。

――この作品は、二〇〇九年に発覚した首都圏連続不審死事件(四月十四日、木嶋佳苗被告の死刑が確定)が重要なモチーフになっています。事件に興味を持たれたきっかけはなんでしょうか。

 いろいろありますが、最初は、料理教室からだったと思います。事件のルポを読んで、容疑者と同じ料理教室に通っていた女性たち、そしてその料理教室が、偏見の目にさらされているように思いました。選ばれたセレブの集まりとか、容疑者にとって場違いなキラキラした人種、とか。

 でも、あの料理教室はプロを育てる本格的な講座で、実際は興味本位で気軽に通えるようなものじゃないんです。それに、料理好きな人は大人しくて家庭的で優しくて、みたいに言われますが、むしろチャレンジャーで探究心溢れる人のほうが多いのではと私は常々思っているんです。この小説の取材のために別の料理教室に通って改めて痛感したんですが、本格的な料理は体力も気力も必要で、すごく大変。キッチンで巨大な海老と格闘し捌いていく様は、世間の「家庭的」なイメージとはかけ離れているはずです。

 そういう料理好きに対する偏見がある一方で、料理が苦手な女性に世間は厳しい。料理ができない妻や母なんて言語道断だと言われたり、女子会できゃっきゃとグルメを楽しむことすら眉を顰められたりする。びっくりするほど要求が高いなと思います。

――作中では、女性たちの様々な葛藤が描かれています。

 女の人に対する不自由な言説って、他にもすごくいっぱいあると思うんです。太っているのは論外だけど、痩せすぎているのもダメ、ファッショニスタすぎるのもダメ、とか……。仕事を頑張りご飯もちゃんと作って子育てまでしていても、世の中にはそれらをすべて信じられないくらい完璧にやっている人がいて、「理想のママ」として持て囃されていたりする。それを見て「わー!!」って叫び出したくなる人、いっぱいいると思うんですよ。自分が責められるだけならまだしも、「あれじゃご主人がかわいそう」とか「子供が不憫」とか、家族を人質にとられちゃったりすることもある。

 そうなると、みんな失敗を極度に恐れるようになりますよね。作中にも出てくるんですけど、最近の料理本は、「塩と砂糖を少々」って書くと「少々ってどれくらいかわからない」というクレームがきたりするから、「小さじ1/4」とか書かなきゃいけない、という話を聞きました。みんな適量がわからないし、「お好みで」と言われても自信がない。

――「自分の適量を探す」というのは、作品の一つのテーマにもなっていますよね。

 それは私自身の経験でもあるんです。私、デビュー直後にある人から「一か月に二〇〇枚は書かなきゃ、この業界で生き残っていけないよ」と言われたことがあって、それをこなすのに必死になってしまったんです。とにかく何か依頼をいただいたら断らずに全部書いて、自分でもよくなかったと思います。今考えれば、私のやる気を出すために言ってくださった言葉だと思うんですが、それをノルマのように守りすぎた結果、映画『セッション』の主人公みたいになってしまって(笑)。交通事故にあって血だらけになっても、とにかく舞台に出てドラムを叩き続けるという……(笑)。もはやお客さんの気持ちとかは、頭からすっ飛んでいる。ですが、同年代の作家の方と話していたときに、「えっ何それ、そんなの聞いたこともない」と言われて、あれ? と目が覚めました。

 でも、過剰に書いてみたからこそ、「適量」がわかってきたと思います。去年くらいから、「あ、私にはこのペースがあっているんだ」というのがやっと見えてきました。

 やっぱりいろいろやらないとわからないんですよ。絶対失敗しちゃダメということになると、先に進めない。何度もトライして、失敗することが大事なんじゃないかな。お料理だっていろんな味を知っている人のほうが、応用を利かせるのがうまいと思います。仕事でも人間関係でもそう。「こうじゃなきゃダメだ」という人よりは、臨機応変な人のほうが強い。だから、主人公の里佳もいろいろやってみて、最終的に自分にとってベストなバランスを見つけていくんです。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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