平将門VSサイコパス――高田崇史×中野信子〈『鬼門の将軍』刊行記念対談〉

対談・鼎談

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鬼門の将軍

『鬼門の将軍』

著者
高田 崇史 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103393320
発売日
2017/02/22
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

平将門VSサイコパス――高田崇史×中野信子〈『鬼門の将軍』刊行記念対談〉

歴史に現れたサイコパス

中野 高田さんがひらめいた後の証明作業として、必ず「まつろわぬ民」が虐げられた歴史が現れますが、何か使命感のようなものがあるのでしょうか。

高田 使命感というより、DNAじゃないでしょうか。平安時代だと五百万人くらいの日本人がいて、その内、貴族は数十人。それ以外の人が四百九十九万九千九百人余りですから、それがまあ僕の祖先でしょう。そこから繋がってきていると考えてしまいます。

中野 高田さんがしばしば「鬼」と形容する人々のことですね。

高田 いわゆるスサノオ系ですね。もともと僕はそちらの系列じゃないかと思っています。

中野 私は歴史や考古学のプロフェッショナルではありませんが、虐げられたとみなされる縄文人の系列、スサノオ系とおっしゃった側と、彼らが敗れた大和王家の歴史を考える時、どうしてもサイコパシーの性質が高い人に思いをいたしてしまいます。サイコパスは一般的には百人に一人、企業のCEOや権力に近い人だと二十五人に一人いると考えられます。五人に一人という説もあります。平安期の王朝にも、そういうサイコパスがたくさんいたでしょうし、神話の記述にも多く現れているのではないでしょうか。

高田 日本書紀や古事記に登場する人たちの中には、非常に卑怯なやり方で勝ったり、相手を殺したりしながら、それを記述として残して自慢している人がたくさんいるんですね。代表的なのがヤマトタケル。完全なだまし討ちですから。

中野 女装で油断させて斬りかかるとか。

高田 自分の兄を素手で殺したような大男が女装して誰も分からないのかという突っ込みもありますが、それよりも、どうしてそういう記述を残して平気なのか。中野さんの『サイコパス』を読ませてもらったら、そういう人たちは全然卑怯だと思っていないと分かりました。

中野 自分の行動が卑怯か卑怯でないか、普通の人にはそれを判断する部分が備わっているのですが、サイコパスはその部分の活動が非常に低いんですね。良心に基づいた行いよりも、合理的に振舞うことを優先します。権力者の場合、合理的な振舞いというのは、敵を速やかに殺害して自分の権力を打ち立てることですから、卑怯な手を使っても、勝てば官軍ということになります。

高田 そういう人たちが、ずっと生き残ってきたわけですね。頼朝と義経とか。

中野 あの家族の場合はサイコパス同士の争いで、義経が負けてしまったということでしょう。

高田 中野さんの本に、サイコパスはサイコパスが好きとありました。確かに義経はずっと頼朝だけが好きだったという感じがあります。

中野 サイコパスの唯一の悩みは、彼らには良心の存在がないので、自分は世の中から外れているという内観を持ちやすいことです。普通の人が当然のように持っている正義感や共感性が自分にはないので、それによって疎外感を味わっているわけですね。だから、自分と同じようなタイプの人がいると、非常に好意を持ちやすい。義経も、自分と同じような性格を持ち、しかも権力に近い成功者である兄を、最高のロールモデルと認識したのでしょう。自分もああなりたい、ああならなければならないと思ったはずです。

心やさしい「鬼」たち

高田 戦国時代には、サイコパスが多かったのでしょうか。

中野 サイコパスが活躍しやすい社会だったのでしょう。一般的に日本はサイコパスの割合が低い国だと分かっているのですが、それは長期的に安定した政権が続く時代が多かったためと見られています。というのは、サイコパスは反社会的人格障害のひとつなので、体制を覆す可能性があるわけです。そういう人を意図的に排除する仕組みを政権側が作ってきたと考えると、このサイコパスの少なさに説明がつくのです。

高田 将門はサイコパスではないんですよね。『将門記』を読んでも、あれは朝廷側から将門をわるく書こうとしているんだけど、悪人として書ききれていない。やっぱり、いい人なんです。

中野 自然に人望を集めてしまって、大勢力になったという感じですね。

高田 はっきりは書かなかったんですが、将門は裏切りで殺されたはずなんです。確実に俵藤太、つまり藤原秀郷が裏切って殺しています。「鬼」といわれる人たちの方が実は非常に心やさしく、たいてい裏切られて殺されているんですね。酒呑童子を平気でだまし討ちにした源頼光も、サイコパスなんじゃないかな。

中野 ゲーム理論で、しっぺ返し戦略というのがあります。相手が裏切ってきたらこちらも裏切る、相手が頭を下げてきたらこちらもそれを許すという戦略で、最強の戦略と言われているんですが、これはあくまでもプレーヤーが二人の場合なんですね。プレーヤーが多になった場合は、裏切り戦略が有効だと知られています。つまり、長期的な人間関係が続く場では上品な戦略が有効だけれども、戦国時代のように短期的な人間関係しかない場では、裏切り戦略が生き延びるのに有効だということです。

高田 有名な話ですが、酒呑童子が頼光に殺された時に、鬼に横道(おうどう)なきものを――つまり鬼は嘘をつかないと言って殺された。結局、そういう人たちが滅ぼされていったのでしょう。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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