飛びたいと思うなよ 高橋秀実/『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

レビュー

3
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鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

著者
川上 和人 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103509110
発売日
2017/04/18
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

飛びたいと思うなよ

[レビュアー] 高橋秀実(ノンフィクション作家)

 鳥のように自由に空を飛びたい。

 などと言う人がよくいるが、私はイヤである。何より私は極度の高所恐怖症だし、鳥たちが自由とも思えない。足は異常に細く、地面を歩く時もぎこちない。飛ぶにしても空には不穏な気流があるだろうし、群れをなす様などはむしろ窮屈そうである。彼らは重力にも抗しているわけで、勝手に「自由」呼ばわりされるのも迷惑な話ではないだろうか。

 かねがねそう考えていたので、本書はとても腑に落ちた。頻繁に繰り出されるオヤジギャグが少々気になるが、それこそ身を乗り出すように読み耽ったのである。

 まず私が惹かれたのは次の一節。

「鳥は飛ぶものというのは先入観に過ぎない」

 なんでも「鳥は用事がなければ飛ばない」そうで、彼らは好きで飛んでいるわけではないのだ。飛ぶ理由は「食物探索」「季節的移動」「捕食者回避」。それらが満たされていれば彼らも木の上などで休んでいたいのである。鳥類の祖先は獣脚類(恐竜)で、彼らは鳥類同様に気嚢や羽毛、翼を持っていたという。しかし気嚢は巨体にこもる熱を排出するため、羽毛は体温保持、翼はディスプレイのためのものだったらしく、いずれも飛ぶためのものではない。つまり鳥類は飛ぶためにこれらの器官を得たのではなく、あくまで「転用」。ありものでなんとかする。もったいないから飛んだのである。

「鳥と人間には共通点が多い」

 という指摘にも驚かされた。どちらも二足歩行で、視覚と音声によりコミュニケーションをとる。見た目や声色にこだわる私たち同様で、さらには主に一夫一婦制。「おしどり夫婦」という言葉もあるように彼らはラブリーな仲間なのだ。

 違和感を覚えるのは首を伸ばして頭を前後に振るヘンな歩き方だが、それにも理由があるらしい。鳥は目が頭の側方についており、普通に歩くと視界の中で風景が前方から後方に流れて安定しない。そこで首を伸ばし、頭の位置を固定させて体を前に移動する。視界を安定させるための振舞いで、彼らも安定感にこだわっているのである。

 鳥も大変なんだな……。

 本書を読みながら私は何度も首肯し、さらには鳥類学者たちの生態にも胸を打たれた。著者らが調査に出かけるのは小笠原諸島の無人島など、まったくの野生の世界。夜間に観察していると突然、蛾が耳穴に飛び込んできて鼓膜に体当たりし、激しい頭痛に見舞われる。南硫黄島では深呼吸した瞬間に大量の小バエを吸い込んでそれが肺にまで達し、吐く息にも小バエが含まれていたりする。まるでドタバタ騒動の連続なのだが、そこまでして調査しても結果は地味だという点が実に興味深い。

 例えば、ヒヨドリの調査。不思議なことに同じ小笠原諸島でも、北部の小笠原群島にはオガサワラヒヨドリという亜種が生息し、南部の火山列島にはハシブトヒヨドリが棲みついているという。なぜ分かれているのかとDNA分析をしたところ、オガサワラヒヨドリのほうは沖縄南部の八重山諸島から、一方のハシブトヒヨドリは本州、または伊豆諸島に由来していることが判明した。小笠原群島と火山列島はすぐ近くなのに、遺伝的にもまったく交流がない。研究者にとっては画期的な大発見だったのだが、記者からの取材で著者は小笠原のヒヨドリは本州のヒヨドリとどう違うのか?と訊かれ、「少し茶色いです」。変わった行動や形態は?と問われて「すみません、ないです。普通の鳥です」と答えてしまった。実際、普通の鳥が普通に暮らしており、普通に棲み分けていることが貴重な発見なのだが、それではウケないのだ。しかし彼らの調査は税金でまかなわれており、国民に伝える義務がある。そのまま伝えると「だから何?」で終わってしまうので、著者はなんとか面白おかしく語ろうと懸命に努力しているのである。

 もしかすると本書は全体が鳥の形態模写なのかもしれない。著者のギャグはピーチクパーチクとした鳥の囀りのようで、学界のドタバタ劇も飛び立つ時の羽ばたきのよう。だから鳥たちの気持ちも自然に心に染み入ってくるのだろう。

 読了後、私は無性に鳥が見たくなり、空を見上げた。そういう時に限って鳥は飛んでおらず、代わりにその場でバードウオッチングならぬバードウオーキングをしてみる。視界が揺れまくるが、何やらヒップホップのダンスにも似ており、私は踊りながら鳥気分を味わった。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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