今年ナンバーワンの知的エンタテインメント/西きょうじ『そもそも』

レビュー

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今年ナンバーワンの知的エンタテインメント

[レビュアー] 竹内薫(サイエンス作家)

 あれれれ? 小説雑誌に連載されていたから、小説かと思ったら全然そうじゃない。いろんな本が引用されて紹介されているので、書評本かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 まあ、そんなことはどうでもいいが、この本には「軽やかな重力」とでもいうべき不思議な魅力がある。これまで半世紀ほど、飽きるほど本を読んできたこのオレ様が、(ぶっちゃけ話→)編集者に頼まれて、本を紹介しなくてはいけない状況に追い込まれ、仕方なく読み始めた。なのに、いつのまにか頁を繰る手が止まらなくなってしまった。

 他の〆切を抱えているのに、どうして、この本にハマってしまったのか、著者の術中にはまって悔しいこともあり、冷静に分析してみた。

 まず、この本は知的なユーモアにあふれている。だから、読んでいて、思わずニヤリとさせられる。気分もいい。それから、この本には正確な情報がたくさん含まれている。冒頭で「書評本」と書いたが、ようするに、学術的に面白い本を紹介してくれるので、むかし学校で先生が授業の合間にしてくれた有益な無駄話のような感じなのだ。ほら、学校の授業で大人になっても憶えてる話って、たいてい、本筋から離れた逸話だったりするわけで。

 たとえば、

「データをもとに社会的ネットワークと肥満を図式化すると、肥満は均一に広がっているのではなく、局所的に何か所かに集中している様子が明らかになります」

 というような表現は大いに笑いを誘う。あるいは、

「幸福な人は幸福な人同士で、不幸な人は不幸な人同士で集団を形成している……(中略)……直接つながっている人(一次の隔たり)が幸福だと、本人も約一五パーセント幸福になり」

 と書いてあれば、ふむふむ、そうだそうだと、いつのまにか頷いている自分がいる。オレは野鳥撮影が趣味なのだが、著者は、目が見えない人とのバードウォッチング体験についても書いている。

「日常的に私が通っている森を案内したのですが、彼らは足の感覚で地面の柔らかさの変化を感じ、鳥の羽ばたく音でその鳥の大きさを感じ取っていました。そしてさえずりを聞いて『シジュウカラが四羽いますね』というので本当に驚きました……(中略)……どっちが案内をしていたのかわかりませんね」

 いやはや、オレは野鳥撮影で何度も周囲からアドバイスをもらったことがある。「竹内さんが鳥を発見できないのは、鳴き声をちゃんと聞いていないからだよ」。なんだかこの著者とはウマが合いそうだ。

 しまいには、

「じゃあ、秘密を教えるよ。とても簡単なことなんだけどね。心で見なきゃものはちゃんと見えないんだよ。いちばんたいせつなことは目には見えないんだ」

 と、大好きな作家(サン=テグジュペリ)からの引用で嬉しくなり、こりゃあ、途中で本を読むのをやめるのがもったいなくなるわけだ。

 冒頭で少しおちゃらけてしまったが、まじめにこの本の素性をご紹介すると、ようするに「つながり」という一貫したテーマで書かれた珠玉のエッセイなのである。なかみは科学的かつ社会学的かつ哲学的で、著者の人柄がうまく文章とブレンドされて、極上の知的エンタテインメントに仕上がっている。

 とりあえず、オレの中では、今年のナンバーワン本だな、こりゃ。読み終わってトクした気分になれました。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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