『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國香織著

レビュー

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なかなか暮れない夏の夕暮れ

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』

著者
江國 香織 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413008
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』 江國香織著

[レビュアー] 長島有里枝(写真家)

本に没頭しすぎたら…

 カタカナの人名や地名を頼って情景や登場人物の姿をひと通り想像し、いざ物語の世界へ、とアクセルを踏み込んだところで、それが劇中劇だと気づかされる。六ページ目、それまでの物語が唐突に途切れ、主人公が本から顔を上げる場面が描かれることによって。本好きをニヤッとさせて始まる本書は、読書する男と、彼に関わる人々の日常を描いた小説だ。

 主人公の稔(みのる)は東京在住の五十歳。お金や生活には無頓着な、読書愛好家だ。自由気ままな暮らしは、高校時代の親友で顧問税理士でもある大竹が支えている。家族が残した莫大(ばくだい)な資産の管理者である稔は、大竹の助言に従って最低限の仕事をこなす。だから本を読む時間はたっぷりあり、実際いつも本を読んでいる。

 一般的に、読書は有益無害な行為だと思われているが、稔の場合は違う。元恋人の渚は、本ばかり読んでいる稔を「そばにいてもいない」と感じ、娘を連れて彼の元を去る。いっぽう、離れて暮らす娘の波十(はと)と、ドイツに住む姉の雀は読書に没頭する性質で、稔の良き理解者だ。

 興味深いのは、三人のシングルマザーと稔との関係性だ。結局、籍を入れずに別れた渚。姉弟が経営するソフトクリーム店の元従業員で、不倫の末に産んだ男の子を稔に認知させた由麻。高校時代の同級生で、最近男女の仲になったファッションエディターの淳子。稔はそれぞれに対して、ときに負う必要がない「責任」まで果たそうとするが、彼女たちはその「優しさ」のせいで淋(さび)しい思いをしている。女たちが人生を共に営んでくれる誰かを望むのに、稔はあくまで「読者」の態度を貫くからだ。読み手とは、主人公に共感はできても決して彼女たちの人生に「登場」しない人のことだ。

 本編中、稔は二冊の小説を読む。最初は北欧、次はカリブ海が舞台の物語が、本編と絡み合うように配置される。読み進むほどに本と現実の境界が曖昧(あいまい)になる感覚は、一種の快楽である。

 ◇えくに・かおり=1964年生まれ。小説に『きらきらひかる』。『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎賞。

 角川春樹事務所 1600円

読売新聞
2017年4月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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