『哲学者と下女』 コビョングォン著

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『哲学者と下女』 コビョングォン著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

 哲学と言うと、日本でもつい西洋の哲学者、とりわけ現代欧米で流行の思想に目がいく。隣国の韓国でも事情は同じようだ。近くの仲間が今何を思索し、どう行動しているか、私たちは知らずにいる。

 在野で哲学を研究し実践の場で生かそうと試行してきた韓国の著者は、自らの経験から学んだ言葉を、匿名の読者に向けて語りかける。それは、哲学書を読み、出来事に向き合う生きた思索である。

 日本と比べて、時代や社会に向き合う姿勢が強いように感じられる。光州事件以来、韓国知識人が強いられた緊張であろう。著者は刑務所や障害者夜学や小学校などを訪ねては、哲学に縁のない人々に哲学を語る。その素朴さ、焦らずに迷いつつ考える強靱(きょうじん)さは、同時代を生きる隣人として感じ学ぶところが大きい。

 標題は、哲学の創始者タレスが星を観察して井戸に落ちたと下女が笑ったという逸話に由来する。貧しい下女も一緒に、だれもが夜空を見上げて目覚める、そんな哲学が目指される。弱き者、つまり私たち自身への優しい眼差(まなざ)しで生を見つめる、哲学への誘いである。今津有梨訳。(インパクト出版会、2200円)

読売新聞
2017年4月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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