『昭和の店に惹かれる理由』 井川直子著

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昭和の店に惹かれる理由

『昭和の店に惹かれる理由』

著者
井川直子 [著]
出版社
ミシマ社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784903908885
発売日
2017/01/28
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『昭和の店に惹かれる理由』 井川直子著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

 うまく言葉にはできないけれど、なぜか居心地の良い店というのがある。隅々まで行き届いた清潔さ、店主や店員の人たちの間合い、そっと見守られているような配慮の深さ……。一つひとつの「理由」を個別に取り上げてみても、それだけでは説明できない、昔からの価値観を守り続けてきた空間や人の佇(たたず)まい。本書はそこに底流する哲学を、丁寧な聞き取りによって浮かび上がらせようとした一冊だ。

 登場するのは目黒の「とんかつ とんき」や湯島の酒場「シンスケ」、神保町の餃子(ギョーザ)店「スヰートポーヅ」、日本橋の「天ぷら はやし」など10の名店。「毎日店に来て板場に立つこと、それだけです」「“いい”っていうのは“高級”とは違うんですよ」「串焼きは、一本一本に心を通すことができるのね」――著者はそれぞれの店主の実直な言葉に寄り添いながら、彼らのものの見方や考え方をそっと汲(く)み取っていく。例えば相手が料理人であれば、その人の技術ではなく、技術の背後に宿る物語に目を向ける。そうして〈その、なんか正しい感じ〉としか最初は言いようのなかった感覚が、どこから来るのかを少しずつ表現していくのである。

 作る料理も客層もそれぞれに異なる店。当然、求められるものも異なる。だが、「当たり前」を続けることの難しさと意味を知り、それぞれの価値観を時間をかけて醸成して、一つの本質や伝統にまで積み上げてきた姿勢が彼らには共通している。そして、それはどんな職業にも通じる大切な姿勢でもあるはずだ。

 本書を読んでいると、土台の強さこそが仕事の豊かさを生むのだとあらためて思う。誠実で真面目、だからこそ、時代の変化にもしなやかでいられる。10の名店のそんな有(あ)り様(よう)を、著者は「昭和の店」と敬意を込めて呼んだのだろう。登場する人々と同じように、本書の佇まいもまた、控え目だが筋が通っている。静かでありながら、確かな芯のある労作だ。

◇いかわ・なおこ=1967年、秋田県生まれ。フリーライター。料理人、生産者などの記事を雑誌、新聞等に寄稿。

読売新聞
2017年4月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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