『処女たち』 イレーヌ・ネミロフスキー著

レビュー

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『処女たち』 イレーヌ・ネミロフスキー著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

時代の悲哀刻む物語

 二〇一二年に翻訳され、話題を呼んだ『フランス組曲』(白水社)の作者の短編集である。一九〇三年、帝政ロシアのウクライナ生まれ。ロシア革命を逃れてフランスへ。一九二九年に『ダヴィッド・ゴルデル』を発表、同作はジュリアン・デュヴィヴィエ監督により映画化された。人気作家として活躍を続けるが、一九三九年、第二次世界大戦勃発、一九四〇年、ナチス・ドイツによるパリ占領。ユダヤ人だったため遂(つい)に強制収容所へ送られ、一九四二年、アウシュヴィッツで命を落とす。

 なんと没後六二年たって遺品から発見された未完の大作『フランス組曲』が世界的ベストセラーとなり、映画にもなった。日本では未知谷から続々と作品の翻訳刊行が進み、その七冊目が本書だが、さすが往年の人気作家、これがいずれもハズレなしのおもしろさなのである。スリルありサスペンスあり、家族の物語あり熱烈にして悲劇的な恋愛あり、戦争に革命、犯罪に暗殺に民族問題もありながら、アイロニカルなユーモアもほの見える、なんとも豊かな物語ばかり。作者の生涯を思えば構えて読みたくもなる。もちろんそのどれにも時代の悲哀や現実の陰影が刻まれている。だが、彼女にはそれを物語へと昇華する強い意思と執念があったように見える。迫り来る危機と破壊に物語で対抗しようとしたのか、時代に併走する「物語の力」を信じたのか。未来の読者に賭けたのか。

 本書には一九三四年から一九四二年にかけて発表された九編が収録されている。時代を生きた人びとの喜怒哀楽を伝えるそれぞれの物語に、破局への歩みが透ける。どれも清冽(せいれつ)な作品だが、ロシア革命を避けてフィンランドに暮らした少女時代がモチーフの「アイノ」の幻想的な語り口が私には捨てがたい。苛烈な日々に彼女はなにを思ってこの物語を綴(つづ)ったのか。物語とはなにか、「物語る」とはいかなる行為なのかを思わせられる一冊である。芝盛行訳。

◇Ire`ne Ne´mirovsky=1929年、『ダヴィッド・ゴルデル』で文壇デビュー。現在も作品の掘り起こしが続く。

未知谷 2500円

読売新聞
2017年4月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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