寺山修司論 バロックの大世界劇場 守安敏久 著
[レビュアー] 葉名尻竜一(立正大准教授)
◆社会を揺るがせた実験性
堅実な「テラヤマ」研究家が三冊目の著作にして初めて、自身の敬愛する寺山修司の名を表題に掲げた論文集である。
ラジオドラマやテレビ・ドキュメンタリー、映画に演劇などを扱った計十八本の論考を編み直し、そこに国語教科書に載った作品の読解を教示した指導書や、所属する大学の入試問題で取り上げたエッセイの模範解答例など一般では目に触れることの少ない解説文を加え、さらに『東京大学新聞』編集部に所属していた頃に直接インタビューした貴重な記事までもが再録された贅沢(ぜいたく)なつくりになっている。
副題の「バロックの大世界劇場」とは、寺山修司に対する著者の見方を表していて、二つに分けて考えることができよう。
一つは誇張・過剰・不規則の反古典的な芸術様式を意味する「バロック」精神を寺山作品の通奏低音として見いだそうといった点。もう一つは、リヒャルト・アレヴィンが著書『大世界劇場』でシェイクスピアを、生ははかない夢であり世界は演劇である、といった世界観を持った作家に挙げているが、その系譜上に寺山修司を位置づけようとする目論見(もくろみ)とによっている。
一九六七年に「演劇実験室・天井棧敷(てんじょうさじき)」を設立した寺山は劇団名の通り、演劇の実験を繰り返しながら社会を挑発し続けた。だが、視線を劇団設立以前に向けると、演劇以外のジャンルにおいても様々な実験を実践していたことがこれでわかる。欲を言えば、十八歳での鮮烈な歌人デビューにあってさえ、剽窃(ひょうせつ)問題で短歌界を揺るがすほどの実験性をもって現れたことを読者が想像できるような導きも欲しかった。
今現在、作品を発表するたびに、その作品が社会現象ではなく、社会問題になる作家がどれほどいようか。『大人狩り』『現代の主役 日の丸』『書を捨てよ町へ出よう』など、寺山の実験性、その足取りを見て取ることができる書物だ。
(国書刊行会・5832円)
<もりやす・としひさ> 1959年生まれ。宇都宮大教授。著書『バロックの日本』。
◆もう1冊
葉名尻竜一著『寺山修司』(笠間書院)。シリーズ「コレクション 日本歌人選」の一冊として、寺山の主要な短歌を鑑賞・解説。