宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その4――作家生活30周年記念・特別編

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鳩笛草 : 燔祭/朽ちてゆくまで

『鳩笛草 : 燔祭/朽ちてゆくまで』

著者
宮部 みゆき [著]
出版社
光文社
ISBN
9784334749729
価格
700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

宮部みゆきのこの短篇がスゴイ! その4――作家生活30周年記念・特別編

[レビュアー] 佐藤誠一郎(編集者)

 今年、作家の宮部みゆきさんが、作家生活30周年を迎えられます。この記念すべきメモリアルイヤーに、宮部みゆきさんの単行本未収録エッセイやインタビュー、対談などを、年間を通じて掲載していきます。今回は特別編として新潮社で宮部みゆきさんを担当して25年の編集者で、新潮講座の人気講師でもある佐藤誠一郎が数ある名短編の中から選りすぐりの作品を紹介します。

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 このへんで、私が個人的に大好きな作品にふれておきたいと思います。

 SFのジャンルでは、古今の短編で「朽ちてゆくまで」はど心揺さぶられた作品はありません。光文社文庫『鳩笛草』に収録された、短編としてはかなり長い、中編と呼ぶのが相応しいものです。

 主人公の智子は、ある大事故のため両親を失い、それまでの記憶も失っています。引き取って育ててくれた祖母の死をきっかけに、彼女は遺された段ボール箱を開くことになります。パンドラの匣の中身は大量のビデオテープ。再生するとすぐに、これが自分の幼いころを撮ったものだと気付きますが、しかし何かがおかしい。お誕生日会や運動会のビデオ映像などと違って、全く別の目的を持って撮られた記録映像なのではないか。だけどそれにしても奇妙なタイムラグがあって……。

 そのすぐ先に、超能力者の苦しみというモチーフが現れ、二度三度と思いもよらぬ事件が続きますが、一番のビックリ仰天はラストシーン。さすがに考え抜かれた結末だし、そこから先に大きな物語がさらに紡がれそうな予感まである……。

 「宮部みゆきは旧来の小説が終わった地点から物語を始める」

 これは北上次郎さんの有名な指摘です。例えば『火車』の中の事件や事柄を起こった順番に並べると、なるほどこの長編のキモは、すでに終わった事件を、時間を巻き戻しながら再構築してみせる面白さなんだなと気づきます。同じように「朽ちてゆくまで」も、記憶喪失の主人公が自分の遠い過去に突如向き合うことになるわけです。過去を扱っている流れのほうが断然長い。

 宮部さんがいつだったか、この作品について「今だったら全く別の展開にするかもしれません」と仰ったのを記憶していますが、確かに仰天のラストシーンを受けて『クロスファイア』のようなアクションSF長編になった可能性だってあったでしょうね。

 ですが私個人としては、冒頭にあるシーンが忘れがたく、この形で良かったと心から思います。孫娘を引き取ったお祖母ちゃんが、主人公と一緒にみかんを食べようと思い立って「みかん」と走り書きしたメモを握りしめたまま亡くなった、そのことを思い出して主人公が号泣するシーンです。

 超能力を持って生まれたために不幸を背負ってしまった孫娘を思いやる心が「朽ちてゆくまで」を下支えしているのだと私は思うのです。そちらこそがテーマなんだと。

 特殊能力者の成長小説として読むか、SF的醍醐味を優先するか、それは読者のみなさん次第ですけれど。

Book Bang編集部
2017年5月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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