【対談】加藤千恵×村田沙耶香〈加藤千恵『点をつなぐ』文庫化記念〉

対談・鼎談

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点をつなぐ

『点をつなぐ』

著者
加藤千恵 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758440820
発売日
2017/04/15
価格
594円(税込)

[小特集]加藤千恵『点をつなぐ』文庫化記念 [対談]加藤千恵×村田沙耶香

隣の人の話を聞きたい

加藤千恵
加藤千恵(かとう・ちえ)
1983年北海道生まれ。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビュー。09年『ハニー ビター ハニー』で小説家としてデビューする。そのほか、詩やエッセイ、漫画原作などさまざまな分野で活躍している。近著に『卒業するわたしたち』『こぼれ落ちて季節は』『蜜の残り』『ラジオラジオラジオ!』『いつか終わる曲』など。

加藤 小説に、実体験はどれぐらい反映してる?

村田 実体験を反映させるのは苦手で、むしろ実体験より、そのときの苦しさとか、気持ちが反映されていると思う。実体験を書くよりも、自分が体験した感情により近い感情を起こすようなエピソードをつくる。

加藤 感情をわかりやすくするってこと?

村田 その感情の内側にある、人間の核心に近づきたいのだと思う。その感情の純度を高めるためのエピソードとか、その感情が発生するような場面を一からつくったほうが書きやすいかな。

加藤 結構、昔の感情を覚えてるんだ?

村田 そのときは言語化されないまま冷凍保存されていて、小説を書き始めると解凍される。

加藤 書きながら、あのとき自分はああ思っていたんだって気づくってこと? ──あ、そうだ、前に怒りを感じないという話をしたね。

村田 本当はすごくあるんだと思うの、見えないだけで。でもそれは眠っていて、小説を書き始めると解凍されるんだ。そういうこと、ない?

加藤 うーん、あるんだけど、でも私、記憶力が本当に悪くて。『点をつなぐ』も、今回対談するに当たって読み返して、ああ、全然覚えていないと思ったの(笑)。

村田 新鮮な気持ちで読んだんだ。どうだった? 結構いいと思った?

加藤 真面目に書いてる感じがするなと思った。うん、気に入っています、初めて仕事小説というものに挑戦できて。あと、「頑張れ」って気持ちになった、主人公に対して。

村田 私は、「満足」と「目標」という言葉がすごく頭に残った。主人公の妹のさちほちゃんや、同級生の立川君が言うよね。でも、「満足」とか「目標」って本当にあるのかな、そのために自分は東京にいるのかなって思っている人はすごく多い気がして。

加藤 確かに東京って、東京以外から来ている人が多いから、上京に意味や理由が生まれやすい場所だと思う。私自身、まさに上京した人間なので、上京というのはテーマとしてあると思う。

村田 そのなかで、主人公が安易な幸せに転がるのではなくて、うまくいかないこともあるけれど、でも点をつないだら、ようやく何か見えてきたっていうのは、とても真実味のある、主人公らしい発見だと思った。

加藤 嬉しい。この間思ったんだけど、私、たぶん電車で乗り合わせた隣の人の話を聞きたいんだよね。カフェで隣の人の話を盗み聞きしちゃうときのような、あるいは誰かの日記帳のような、そういうものを書いていけたらいいな。

村田沙耶香
村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞し、デビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。ほか著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』など。

村田 そう、物語をこうしたいから強引にエピソードを挟む、という部分が感じられなかった。

加藤 うーん、もしかしたら結構無理やりなところもあるかもしれないけど、理想で言うと、やっぱりないほうがいいと思っているかも。

村田 千恵ちゃんて、何が書きたいっていうのも無意識の中にきっとあるんだろうけど……。

加藤 でも、あんまりないと思う。

村田 それがあまりないとして、でも小説家としてそれはできないとか、物語のここは汚せないとか、きっと何かそういう部分が明確にあって書いてるんだろうなと思った。すごく繊細な感じがした。

加藤 でも、それはみんなあるじゃない。沙耶香ちゃん、絶対あるよね。だって、あまり他者に左右されないというか、人の意見をほとんど聞かないでしょ、書いているとき。

村田 そうだね。でも、この小説を読んで感じたほど繊細な感じでもないかも。すごい強引なときもあると思うから。

加藤 そうかな。

村田 私は自分自身を揺るがしたい、みたいなのがある。

加藤 自分の価値観をってこと?

村田 価値観とか、自分の感情とかを全部揺るがして疑いたいとか、そういう感情があって。

加藤 芥川賞のスピーチで、「人類を裏切っても、小説を裏切らないようにしたい」って言っていたよね。そういう作品を書いてほしいし、書いていくんだろうなって思った、あのときに。

村田 どうなんだろう。でも、それくらいのものが書けたらいいよね。全然グロテスクでも何でもないけど、世の中の人がみんな狂うから発禁、とか。

加藤 『コンビニ人間』もそう。「変でしょう、すごいでしょう」みたいに誇る感じがまるでなくて、それこそ品のあるたたずまいなのに、とんでもない。そうだね、普通のことを書いているはずなのに発禁って、名誉の発禁だよね。

(二〇一七年二月)

*……この対談は、ハルキ文庫『点をつなぐ』巻末からの抜粋です。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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