世界が注目するSF作家による全16編、ハズレなしの最新短編集

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母の記憶に

『母の記憶に』

著者
ケン・リュウ [著]/古沢 嘉通 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784153350328
発売日
2017/04/20
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

世界が注目するSF作家による全16編、ハズレなしの最新短編集

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 中国系アメリカ人作家、ケン・リュウは、2010年代の世界SFでもっとも注目されるひとり。1976年、中国・蘭州市に生まれ、11歳のとき家族とともに渡米。ハーバード大学卒業後、小説を書きはじめる。2011年、中国出身の母と米国生まれの息子との関係を繊細なタッチで描く短編「紙の動物園」でヒューゴー賞、ネビュラ賞、世界幻想文学大賞に輝き、一躍、名をあげた。

 日本では、2015年に「紙の動物園」を表題作とする古沢嘉通編訳の短編集が(本国よりも早く)刊行。「ベストSF」海外篇の1位を獲得したほか、又吉直樹絶賛の追い風もあって幅広い読者層から支持され、異例のベストセラーとなった。この4月下旬にはSFファン主催のイベント「はるこん」の招きで初来日し、日本の読者と交流したばかり。

 16編を収める『母の記憶に』は、そのケン・リュウの邦訳第二短編集。SF叢書から出ていると言っても、『紙の動物園』と同じく、SFではない作品も多数収められている。

 たとえば、1645年に起きた揚州大虐殺に取材した寓話的な2編、「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」と「訴訟師と猿の王」は、悲劇に立ち向かい、絶望的な状況のもとでベストを尽くした“ふつうの人々”をまっすぐに描き、読者の心を強く揺さぶる。

 未来的な作品でも、その点は変わらない。「存在(プレゼンス)」では、アメリカで暮らす息子が、脳卒中を起こし遠い故国の病院で寝たきりの母親を見舞うため、遠隔操作ロボットを利用する。テクノロジーは最先端だが、そこに描かれる親子の複雑な感情は(「紙の動物園」の母子関係と同じく)老いた親を持つすべての人間の心の琴線に触れる。

 巻頭の「烏蘇里(ウスリー)羆(ひぐま)」は、吉村昭『羆嵐(くまあらし)』などにも描かれた三毛別(さんけべつ)羆事件にインスパイアされたという作品。1907年の満州で、帝国陸軍の命を受けた日本の探検隊が巨大羆と対決することになる。蒸気駆動の機械馬を貸与されていたり、語り手の片腕がサイボーグ化されていたりと、改変歴史SF要素が混じるものの、見せ場はやはり、圧倒的な存在感を持つ羆との戦いだろう。

 表題作は、不治の病を宣告された母親が幼い娘の成長を見届けるために下した決断をめぐる、わずか5ページの掌編。その他、『三国志』で知られる関羽の逸話を作中で語りながらそれを現代のアメリカと重ね合わせる「万味調和」など、全16編、ハズレなし。今年、翻訳SFの新刊を1冊だけ読むなら本書で決まり。

新潮社 週刊新潮
2017年5月18日菖蒲月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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