特別な一日は黒歴史でもあった

レビュー

4
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真淵と宣長

『真淵と宣長』

著者
田中 康二 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120049484
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

特別な一日は黒歴史でもあった

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 一夜限りの出逢い。後は遠く離れて、ひたすら手紙のやりとりが続く。こう書くとなんだかロマンティックだが、この本の「一夜」は男同士である。男同志ともいえる。古代への強い思いを共有する。年は親子ほども違う。六十七歳と三十四歳。場所は伊勢国の松坂。ここまで書くと、戦前に教育を受けた人ならば誰と誰のことかがわかった。賀茂真淵と本居宣長、二人の国学者の出逢いである。

 大正十二年(一九二三)から尋常小学校六年の「国語」教科書に収録され、昭和十八年(一九四三)からは国民学校初等科六年の「修身」教科書に移動する。四半世紀の間、「松坂(まつさか)の一夜(ひとよ)」は子供たちに、師弟の美しい絆、努力の尊さ、堅忍持久、初一念の貫徹、我が国の古代精神、対座の作法など、さまざまな教えを垂れた。戦時中は教育紙芝居になって、「日本精神」を鼓吹する役割も担った。敗戦によって表舞台から退場させられた「美談」である。

『真淵と宣長――「松坂の一夜」の史実と真実』の著者・田中康二は、『本居宣長』(中公新書)、『本居宣長の大東亜戦争』(ぺりかん社)などで宣長研究の第一人者である。本書は著者半生の研究成果を、宝暦十三年(一七六三)五月二十五日のたった「一夜」にしぼり、劇的に再構成し、二人の「大人」のみならず、溶暗に仄見える背景や脇役までも含め、隈なく再現する。一幕物の名舞台を鑑賞したような充実感が残った。それもいわば初心者にでもよくわかる音声ガイド「国学早わかり」つきだ。

「松坂の一夜」は宣長晩年の随筆『玉勝間』の記述に端を発する。学問に深く志す町医者の宣長が住む松坂に、江戸から「万葉集」研究の大家真淵がやってくる。著作に親しんで私淑していた宣長は、真淵の宿を探りあて、感激の対面となる。教えを乞う宣長に、真淵は訓示を与える。「古事記研究にはまず万葉集を研究せよ」、「からごころ(漢意)を排せ」、「私はもう年老いたが、そなたはまだ先が長いから怠りなく学べ」、「土台を固めてから、目標に向かえ」。かくして入門を許され、手紙での「通信教育」が始まる。

 この出会いは、江戸から明治まで何人もの手で伝えられてきたが、それを一篇の美しい作品に仕上げたのは歌人の佐佐木信綱だった。信綱の珠玉の文章「松坂の一夜」はほどなく教科書に採用され、「国民常識」となっていく。

 小林秀雄の畢生の大著『本居宣長』(新潮文庫)は、この「一夜」については素っ気ない。真淵が「松坂の名も無い医師に英才を発見」し、「わが最大の弟子と見抜くに、一夜の歓語で足りたのであろう」と書くばかりである。小林の重点はむしろ師弟の文通による質疑応答に置かれる。破門すれすれまで行く真剣勝負に「学者の良心」を見る。

『真淵と宣長』でも師弟の対立を取り扱うが、どこまでも「一夜」が主眼である。宣長の人生にとっての「特別な一日」は、真淵にとってどんな重みがあったのか。意外にも、その夜は、真淵にとっては抹消したい「黒歴史」であったことが明らかにされる。宣長に同行し、同席していた男は、身分詐称のとんだ詐欺師だったのである。真淵はその男のために、宮家や主家に迷惑をかけてしまうのだ。

 話はそれで終わらない。遁走した詐欺師の家屋敷を買った柏屋兵助なる人物は、もともと宣長を手引きして「一夜」の対面を実現させた松坂の古本屋であり、やがて宣長の著書を手始めに出版書肆に鞍替えする人物である。岩波茂雄と夏目漱石といった二人三脚の関係が、柏屋と宣長にはあったのだ。柏屋は『玉勝間』『うひ山ぶみ』など十五冊の宣長の著作を出版し、宣長が後世に知られる原動力になった。柏屋は江戸の蔦重(蔦屋重三郎)と組んで宣長を売り出した。「写楽を見出した蔦屋の目は宣長に照準を合わせ、その著作に食指を動かしたわけである」。蔦重がわざわざ松坂まで足を運んで宣長に会ったことは、宣長の日記に記されている。

 真淵の旅に同行しながら「一夜」に同席できなかった重要人物もいた。真淵の弟子・村田春海である。春海が宣長と松坂で会うのは、それから二十五年の後のことだった。その間に、吉原遊郭のトップを妻に迎え、遊蕩三昧を尽くし、家業は破産した。再起のきっかけとなったのが宣長であった。春海は亡き師真淵の顕彰活動に邁進することを決意し、宣長も協力を惜しまなかった。それでも二人の関係はこじれてゆく。

「松坂の一夜」は宣長歿後にもあった。「歿後の門人」を自称した平田篤胤は夢の中で宣長に対面し、弟子となることを許された。この「夢中入門」は松坂ではなく江戸の品川においてだった。篤胤は江戸に来た宣長を追い駆けて、ようやく会える。そこは真淵の墓がある品川とされる。「松坂の一夜」のエピソードをなぞり、「真淵に見守られながら、宣長への入門を許された」ことにする。「幽冥界から亡き師を夢の中に召喚した」篤胤の強引な手口は、その学問にもあらわれる。古文献を捏造して、著作をものする。「はたしてこれが師の遺志と言ってよいのか」と著者は告発している。

 たった「一夜」の一期一会を手がかりに、江戸時代の重要な学問である国学の歴史を簡潔に描出し、幕末維新、さらに近代日本へといたる後世への少なからざる影響を辿る。宣長たちが生きた江戸時代の学芸空間が生活臭をともなって蘇ってくる。古い「伝説」を徹底的に点検し直すことで、生きた「歴史」が再現される。著者の軽やかな手並みが人物を躍動させる。

新潮社 新潮45
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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