[本の森 SF・ファンタジー]『失われた地図』恩田陸/『最良の嘘の最後のひと言』河野裕

レビュー

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失われた地図

『失われた地図』

著者
恩田, 陸, 1964-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041053669
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

最良の噓の最後のひと言

『最良の噓の最後のひと言』

著者
河野, 裕
出版社
東京創元社
ISBN
9784488468118
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『失われた地図』恩田陸/『最良の嘘の最後のひと言』河野裕

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

陸軍の糧秣廠倉庫があった錦糸町、軍需工場があった川崎、彰義隊が戦った上野……。恩田陸失われた地図』(KADOKAWA)は、戦争の記憶が残る土地に発生した〈裂け目〉から現れる〈グンカ〉と戦う男女の物語だ。遼平と鮎観(あゆみ)は、幼なじみで元夫婦。常人の目には映らない〈グンカ〉を黄泉へ返す特殊能力を持つために、離婚した今も一緒に仕事をしている。憎み合っているようではないのに、彼らはなぜ別れたのか。軍靴や軍歌を想起させる〈グンカ〉とは何なのか。日本各地の〈裂け目〉を転々としながら描いていく。

 超能力者の話は不思議な力をどのように表現するかというところに醍醐味がある。作中で引用されている〈誰が風を見たでしょう〉という一節で始まるイギリスの詩が象徴的だが、遼平と鮎観が属する一族は風を見ることができる。血煙が燃えているようだったり、お城の石垣を飛ばしたり、〈裂け目〉から噴き出す禍々しい風の描写に引き込まれた。東京から大阪、広島へ移動するうちに、風と共にやってくる〈グンカ〉が増加するところも恐ろしい。

 ある登場人物が語るには〈『グンカ』が大好きなのは、抑圧されたルサンチマン。抑圧された自己愛。常におのれの不遇の責任転嫁先を探す不満〉。そういうものを内面に抱えた人たちが、戦いたい人間の欲望が亡霊のような形をとった〈グンカ〉を呼ぶ。世相を意識して書いたわけではないようだが、小説家もまた不穏な風をいち早く見ることができる種族なのだろう。

 アニメ化された『サクラダリセット』で注目を集める河野裕の『最良の嘘の最後のひと言』(創元推理文庫)は、超能力者ばかりを集めた風変わりな就職試験をめぐるコンゲーム小説だ。検索エンジンとSNSで成功を収めた大企業が超能力者を対象に年収八〇〇〇万円という破格の条件で求人を出す。最終選考に残ったのは七名。三月三十一日の十八時から行われる試験に参加し、四月一日に日づけが変わる瞬間に採用通知書を手にしていなければならない。素性のほとんどわからない参加者同士が、お互いの腹の中を探りながらたった一通の採用通知書を奪い合う。

 読んでいて思い出したのは『ジョジョの奇妙な冒険』だ。一人ひとりがどんな能力を持っていて、どんなふうに使うかがとても魅力的な謎になっている。登場人物は全員嘘つきであり、予想を裏切られる展開の連続だが、参加者のひとりが〈最良の嘘ってのは、どんなものだと思う?〉と問いかけるくだりがいい。主人公の大学生は〈誠実な嘘〉と答えるのだが、後半になると〈誠実な嘘〉とは何かがわかるのだ。参加者のひとりが最後に明かす志望動機もすごく意外で愛らしい。騙し合いの話でありながら読後感は爽快だ。

新潮社 小説新潮
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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